コロナ禍の孤独感が自殺念慮に与える影響は?大規模全国ウェブ調査の結果を検証
筑波大学は5月17日、大規模全国アンケート調査のデータを用いて、コロナ禍における自殺念慮に対する社会的孤立、孤独感、うつ状態の影響度を分析した結果を発表した。この研究は、同大医学医療系災害・地域精神医学の太刀川弘和教授と、同大人文社会系の松島みどり准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「BMJ Open」に掲載されている。
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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック(コロナ禍)の間、恐怖、不安、うつ病、孤独を含むメンタルヘルスの問題が世界中で報告された。特に日本では、第1回緊急事態宣言後の2020年7月から11月にかけて、自殺率が16%増加し、同年の自殺者総数は2万1,081人と、11年ぶりに増加した。以後も自殺率は増加傾向にあり、深刻な状況が続いている。
コロナ禍において、死にたい気持ち(自殺念慮)が生じた要因には、COVID-19に感染することへの恐怖、経済的苦境、社会的サポートの減少、身体疾患の悪化、精神疾患の存在、心理的ストレスの増大、失業、社会的孤立・孤独、メディアの影響などが挙げられている。このうち社会的孤立・孤独は、隔離、ソーシャルディスタンスなどの感染対策によって悪化し、さまざまなレベルでコミュニケーションや人間関係を阻害してきたことから、世界的に注目されている。
一方、孤独感(社会的ネットワークが量的・質的に不足していることに対する主観的な評価や不快な感情)と社会的孤立(社会的ネットワークから切り離されている客観的状態)には明確な違いがあるが、社会的に孤立している人は孤立していない人よりも孤独を感じやすいことから、両者は相互に関連している。そのため、これまで、自殺念慮にどちらがより強く影響するのか不明だった。また、孤独とうつ状態の関連も明らかにされてはいない。一般的に、自殺する人の95%がうつ病を含む精神疾患の診断がつくとされるが、孤独、うつ病、自殺念慮の関係は明確でなく、特に、自殺念慮と孤独によって悪化したうつ状態との関連性に焦点を当てた研究は、今まで十分に行われていなかった。そこで研究グループは今回、コロナ禍の孤独感が、自殺念慮に直接的・間接的にどのような影響を与えるかを検証する目的で、大規模な全国ウェブアンケート調査の分析を行った。
男性6,436人/女性5,380人の孤独の有無、コロナ感染有無、収入減少などの指標を比較
研究では、日本におけるCOVID-19問題による社会・健康格差評価研究(JACSIS study)において収集された、2.6万人の大規模全国ウェブ調査のデータを用いて分析を行った。JACSIS studyはコロナ禍の日本において、健康、医療、働き方、経済などの社会問題がどのように変化するかを調査するために、2020年に開始された縦断的調査。今回の分析では、2021年2月8日から26日にかけて実施された第2回調査のデータから、不自然な回答や欠損値を除外し、男性6,436人、女性5,380人を最終的な分析対象とした。
調査では「2020年4月以降で死にたい気持ちがあったかどうか」「それは今回初めてそう思ったのかどうか」を尋ね、これらを、コロナ禍で抱いた自殺念慮の有無と、コロナ禍で初めて抱いた自殺念慮の有無として、それぞれ2群に分類した。そして、各2群間でUCLA孤独感尺度、ケスラー心理的苦痛尺度、コロナ禍で生じた孤独の有無、社会的孤立の程度、コロナ感染の有無、経済的苦境の程度、収入の減少などの指標を比較した。
また、これらの指標が自殺念慮に与える影響度の推定は、性別ごとに、潜在的交絡因子(失業の有無、婚姻の有無、年齢、身体疾患・精神疾患の既往の有無、教育歴)を調整し、回帰分析を行った。分析に際しては、抑うつ状態を共変量(自殺念慮に影響を与える因子)とする場合(モデル2)としない場合(モデル1)の2つのモデルを実行し、孤独が自殺念慮に直接または間接的に影響するかどうかを検討した。モデル1における孤独の有病率を孤独の直接効果とし、モデル1からモデル2の有病率を引いた差分を間接効果とした。
全体の50%に孤独感「有」、男性15%/女性16%に自殺念慮「有」
分析の結果、以下のことが明らかになった。まず、男性の15%、女性の16%がそれぞれ自殺念慮を抱いていた。その中で、コロナ禍で初めて自殺念慮を抱いた人の割合は、男性で23%、女性で20%だった。孤独感は、分析対象者の50%近くが感じていた。
孤独感が自殺念慮に与える有病率、男性4.83倍/女性6.19倍
孤独感が自殺念慮に与える影響(有病率)は、孤独感がない場合に比べて、男性で4.83倍、女性で6.19倍となり、コロナ感染(1.61,1.36)、収入減(1.28,1.26)、生活苦(2.09,1.68)、社会的孤立(1.03,1.05)の有病率よりもはるかに強いものだった。抑うつ状態を調整すると、孤独感の影響力はそれぞれ3.60、4.33倍に低下するものの、それでもなお、抑うつ状態(2.30,2.75)よりも影響力が強いことから、孤独感は、直接的にも、抑うつ状態を介して間接的にも、自殺念慮に影響を与えることが明らかになった。
また、孤独感や自殺念慮がコロナ禍後に発生した場合には、抑うつ状態を介した間接的な影響力がより強くなっていた。さらに、女性においては、コロナ禍で悪化した孤独感が、新たに生じた自殺念慮に対して最も強く影響していることがわかった。
孤独感のある人への心理的なサポート、自殺対策においても幅広く展開を
今回の研究により、コロナ禍における日本の自殺念慮の有病率が15~16%と、同時期の海外報告の平均12%に比べて高いことが確認された。
「孤独感は、自殺念慮に直接、あるいは抑うつ状態を介して間接的に強い影響を及ぼしており、また、急激に悪化した孤独感は、女性において自殺念慮の発症に最も高いリスクを示した。これらのことから、ポストコロナにおいては、孤独感を抱いている人への心理的なサポートが、孤立・孤独対策のみならず、自殺対策としても、幅広く展開されることが重要と考えられる」と、研究グループは述べている。
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・筑波大学 TSUKUBA JORANAL