神経興奮を担うAMPA受容体のPET用トレーサー、てんかん発症メカニズム解明に期待
横浜市立大学は5月17日、脳の機能を担うAMPA受容体を可視化するPET用のトレーサー(化合物)を用いて、AMPA受容体のダイナミクスが、てんかん患者の脳機能を調節することを解明したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科生理学の高橋琢哉教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports Medicine」にオンライン掲載されている。
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てんかんは、脳内の過剰な電気的活動を特徴とする神経疾患であり、誘発されない反復性の発作を引き起こし、世界中で何百万人もの人々が罹患している。また、てんかんの原因は、脳の電気的リズムの不均衡により生じると考えられているため、神経興奮の中心的役割を担うAMPA受容体に着目した発症メカニズム解明や創薬研究が推進されてきた。
研究グループは、2020年に生きたヒトの脳における細胞表面のAMPA受容体を可視化・定量化する世界初の新規放射性トレーサー化合物「[11C]K-2」を開発し、てんかん発生における分子病態解明の新たな方法論としてブレークスルーをもたらした。これにより、発症メカニズムのさらなる解明や診断・治療法開発の進展が待ち望まれてきた。
患者30人と健常者31人のAMPA受容体を解析
AMPA受容体は、脳のシナプス可塑性において中心的な役割を果たしている。今回の研究では、男性てんかん患者30人と健常者31人に対し、陽電子断層撮影(PET)および脳波検査(EEG)を用いて、脳のAMPA受容体の密度とEEGで測定した動的な電気活動の関係を比較解析することで、てんかん発生におけるAMPA受容体の関与を分析し、疾患の生物学的根拠の解明を目的とした。
シナプスはニューロンとニューロンの間の情報の伝達を仲介する構造体である。しかし、シナプスの機能不全は、てんかんを含むさまざまな脳障害を引き起こす。シナプスの可塑性、つまりニューロンの活動がニューロン間の結合の強さの変化を引き起こす過程には、主に2つの形があり、Hebbian型シナプス可塑性と恒常的(ホメオスタシス)可塑性がある。Hebbian型シナプス可塑性は、複数の神経細胞の同時発火などにより、その神経をつないでいるシナプスに変化が起きる現象で、記憶や学習などのメカニズムと考えられている。一方、恒常的(ホメオスタシス)可塑性は過度に興奮した神経組織の興奮性を元の状態に戻す。例えば、神経組織全般に興奮性が上がった際に、元の興奮性に戻すためにシナプス表面のAMPA受容体量が低下するといった現象である。今回の研究は、AMPA受容体が関与するこれらのシナプス可塑性がてんかん脳で起きており、てんかん脳の病的な特性を作り上げているという仮説に基づいて取り組んだ。
AMPA受容体と焦点性てんかんγ波に正の相関、重大危険因子・二次性全般化のメカニズムも明らかに
てんかん患者の脳内AMPA受容体分布をPETでモニタリングした結果、細胞表面のAMPA受容体密度と焦点性てんかんにおけるγ波(安静閉眼時で取得したてんかん脳における異常脳波データ)の振幅との間に、正の相関を認めた。つまり、焦点性てんかんでは、Hebbian型シナプス可塑性により細胞表面に移行したAMPA受容体がてんかん性異常脳波の増幅を担っていることが明らかになった。さらに、焦点性発作から全般発作への移行(二次性全般化)においては、細胞表面のAMPA受容体密度とθ波の振幅における正の相関が失われ、負の相関を認める領域が広がることが明らかになった。
最新の研究動向では、θ波は抑制性神経活動を反映しているという説が議論されており、今回の結果は細胞表面のAMPA受容体の密度増加により引き起こされる脱抑制の広がりが二次性全般化のメカニズムであることを示唆している。とりわけ、てんかんにおける突然死の最も重大な危険因子は、焦点性発作から両側性強直間代発作への移行(二次性全般化)であることから、てんかん発生の分子メカニズム解明の上でも非常に重要な発見となった。
全般てんかんではAMPA受容体とγ波振幅には負の相関
また、焦点性てんかん患者と対照的に、全般てんかんの患者では、細胞表面のAMPA受容体密度とγ波の振幅との間に負の相関を認めた。このことから全般てんかんではナトリウムチャネルなどのAMPA受容体以外の要因によりてんかん性異常脳波が増幅され、細胞表面のAMPA受容体は恒常性可塑性によりてんかん性活動を抑制させようと減少していると考えられる。
さらに、てんかん患者は健常対照者よりもAMPA受容体密度が低い領域が存在し、全般てんかんの患者は、焦点性てんかんの患者よりも、皮質のより大きな領域で健常対照者と比較してAMPA受容体密度の低下している領域を示した。
Hebbian型シナプス可塑性と恒常的可塑性、てんかんの脳機能を制御する可能性
焦点性てんかん患者では、てんかん性活動によりAMPA受容体が増加している領域の周辺で健常者よりAMPA受容体密度が低下していた。全般てんかんでは、てんかん性活動に伴ってAMPA受容体密度が低下している領域と概ね一致した領域で、健常者よりAMPA受容体密度が低下していた。多くの科学者がてんかんではAMPA受容体が増加していると考えている中で、今回の「てんかん患者においては健常者よりもAMPA受容体が低下している領域がある」という結果は大変驚くべき結果であると言える。また、これらの低下も恒常性可塑性によって、てんかん活動を抑制しようとする脳の働きによって引き起こされると考えられる。
これらの知見を考慮すると、てんかん回路を特異的に作る異常発火によってAMPA受容体の移行を促進するHebbian型シナプス可塑性と、過興奮を抑制するためのシナプス機能の代償的な低下を引き起こす恒常的可塑性が、てんかんの脳機能を制御している可能性が示唆された。
今回の研究では、男性患者のみの観察を行ったが、女性患者を対象とした同様の臨床試験を実施することがきわめて重要である。「本研究で得られた知見は、ヒトの脳におけるてんかんの生物学的根拠を解明する上で重要な示唆を与えており、てんかんの患者に対する新規かつ有効な治療薬の開発につながる可能性が期待される」と、研究グループは述べている。
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・横浜市立大学 プレスリリース