災害発生時の在宅避難における医療的な課題は?
東北大学は5月17日、東日本大震災後の宮城県南三陸町の診療状況を調査し、在宅避難者が最初に医療支援を受けた日は、避難所避難者よりも平均で約1週間遅かったことがわかったと発表した。この研究は、同大災害科学国際研究所(IRIDeS)の江川新一教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Prehospital and Disaster Medicine」に掲載されている。
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2011年の東日本大震災により、宮城県南三陸町では全病院が機能を停止し、診療は避難所または在宅などで行われた。また、東日本大震災における災害関連死の約半数は自宅で発生したものだった。在宅避難には感染症や睡眠障害のリスクを下げるメリットがある一方、ライフラインや情報の途絶により必要な治療が遅れる可能性もある。
IRIDeSでは、同大大学院医学系研究科倫理委員会での審査による承認を得て、医療機関以外で診療を受けた災害診療記録を匿名化し、災害時の医療ニーズと医療対応の研究を行っている。今後、災害時にますます増える可能性のある在宅避難における課題を明らかにする研究が求められている。
在宅避難者の被災後の初診日は平均で約1週間遅い
研究グループは、被災した当時の南三陸町において在宅避難となった住民の診療状況に関する研究を実施した。まず、発災後1か月以内に診療を受けた8,121人の中から、避難形態・年齢・性別・地区・診断名の情報が明記されている匿名化災害診療記録(2,838人分)を選別して分析した。
その結果、避難所避難者(2,378人)に比べ、在宅避難者(460人)の初診日が平均で5.2日遅かったことがわかった。在宅避難者は避難所避難者に比べ、風邪やメンタルヘルス問題(睡眠障害以外)は少なく、高血圧、睡眠障害、下痢の頻度は同等で、糖尿病や脂質代謝異常は多かったこともわかった。また、在宅避難者は志津川地区に多く、歌津・戸倉・入谷・町外避難では在宅避難者の受診が少なかったこともわかった。背景条件が異なる集団を比較するため、傾向スコアマッチング手法によって解析したところ、同じような疾患をかかえた同じ年代・性別・志津川地区の在宅避難者(459人)では、背景をそろえた避難所避難者(459人)に較べて初診日が6.4日遅れていたことが示された。
罹災証明がもらえず被災者として扱われなかった人、「受診控え」などさまざまな課題
研究グループは、南三陸町の医師・歯科医師・保健師にも聞き取り調査を実施した。その結果、身体的・精神的に避難所に行くことが困難な人、町全体が被災したにもかかわらず、罹災証明がもらえず被災者として扱われなかった人がいたことや、「まだ薬が残っているから」「もっとひどい被害を受けた人たちに比べれば」など、遠慮や我慢による受診控えなど、さまざまな課題があったことが示された。
在宅避難における医療アクセス遅延を減らすための体制整備が重要
東日本大震災における災害関連死の約半数は自宅で発生したものだった。厳しい環境に置かれた在宅避難者の高血圧・糖尿病といった慢性疾患の治療が遅れれば、重大な脳血管障害・心疾患などのリスクが高まる。一方で、遅延なく、あるいは多少遅れても早期に治療を開始・再開できれば、災害死亡を減らすことができると考えられる。
近い将来、発生が懸念されている南海トラフ地震や首都直下地震、日本海溝・千島海溝巨大地震、あるいは巨大台風などによる災害への対応として、避難所避難のみならず多様な避難形態が検討されており、政府は在宅避難も推奨している。「今後、在宅避難における医療へのアクセス遅延を少しでも減らすため、地域社会と保健医療が協力し、個人健康情報の活用、避難所・在宅避難者の情報把握、余裕をもった治療薬の常備等を通じ、災害医療体制の整備に取り組むことが重要だ」と、研究グループは述べている。
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