eGFRと発がんリスクの関係、これまでの報告は一貫していない
名古屋大学は5月16日、腎機能とがん罹患・がん死亡の関連、さらに腎機能の低下している患者と保たれている患者での発がんリスク因子の違いについて調査し、その結果、腎機能の指標である推定糸球体濾過量(eGFR)の中等度低値と高値は発がんリスクに関連すること、eGFR高値は高いがん死亡リスクに関連すること、腎機能が低下している人ほど喫煙による発がんリスクが高くなることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科腎臓内科学の倉沢史門(臨床研究教育学助教)、今泉貴広特任助教、丸山彰一教授、J-MICC研究の松尾恵太郎主任研究者(愛知県がんセンター研究所がん予防研究分野 分野長)、若井建志中央事務局長(名古屋大学大学院医学系研究科予防医学教授)らの研究グループによるもの。研究成果は、「International Journal of Cancer」にオンライン掲載されている。
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日本の慢性腎臓病の患者数は約1300万人と推計され、成人の8人に1人が有する国民病となっている。透析療法が必要な慢性腎不全の患者では、慢性炎症、酸化ストレス、免疫能低下、低栄養などを伴いやすいことにより、がんの発症リスクが高いことが知られている。透析療法を必要としない保存期の慢性腎臓病の患者についても、腎機能低下が発がんリスクに関連するという報告がある。そして、腎機能の低下している患者では、がん治療において通常量の抗がん剤を使用できない、副作用が生じやすいなどの問題があり、がん関連死亡率が高いことも知られている。また、がん患者ではがん自体あるいは抗がん剤治療などの影響で腎機能が低下しやすいことも知られている。このような関連から、慢性腎臓病患者における発がん、がん患者における慢性腎臓病合併は診療において重要度が大きく、Onco-Nephrologyという新たな学問領域の提唱とともに注目度が高まっている。しかし、これまでの報告では腎機能(eGFR)が低いほど発がんリスクが上昇するというものと、必ずしも関連しないというものがあり、またeGFRが低いだけでなく、高いeGFRも発がんリスクに関連するという報告もあり、結果が一貫していなかった。
特にがんについては発症リスクなどに人種差があるが、日本人を対象とした研究は限られていた。加えて、腎機能低下が他の発がんリスク因子に及ぼす影響についてもわかっていなかった。より発がんリスクの高い人、特にリスクの高いがんの種類を明らかにすることは、ハイリスクな人に積極的にスクリーニング検査を行うといった診療の最適化に役立てることができる。また、腎機能の低下した人に特有のがんリスク因子があれば、腎機能の低下した人のがん予防のための介入につながる可能性がある。そこで研究グループは、日本全国から35〜69歳の男女、約9.2万人が参加しているJMICC研究の追跡調査のデータを使用して、日本における腎機能と発がんリスクについて、全てのがんおよび臓器別のがんとに分けて調査を行い、さらに腎機能の保たれている人と低下している人の間で喫煙、飲酒、食習慣、肥満などの発がんリスクの大きさに違いがないかを評価した。
約5.5万人のeGFRを6群に分けてがん罹患と死亡を比較
J-MICC研究に2005年〜2014年に参加した人のうち、登録時にがん罹患歴がなく、登録時の腎機能データと追跡データを有する約5.5万人について、登録時のeGFRにより、10〜29、30〜44、45〜59、60〜74、75〜89、≧90 ml/min/1.73m2の6群に分けて、がん罹患(全てのがん、直腸がん、胃がん、腎がん)、がん死亡について比較した。さらに、eGFR<60、≧60 ml/min/1.73m2の2群に分けて他のリスク因子の発がんリスクの大きさを比較し、腎機能により違いが見られた因子についてはさらに詳しく調査した。
腎機能とがん罹患、eGFRは低くても高くてもリスクと関連
約9.3年の観察期間に約4,300人(全体の約8%)の参加者ががんと診断された。eGFR60〜74 ml/min/1.73m2と比較して腎機能の中等度低下(eGFR30〜44 ml/min/1.73m2)は、36%高いがん発症リスクに関連した。高度の腎機能低下(eGFR10〜29 ml/min/1.73m2)もやや発がんリスクが高い傾向だったが、該当する人が全体の56名のみで、統計学的検討をするには不十分な人数ということもあり、今回の評価では発がんリスクとの明らかな関連は見られなかった。また、逆に高いeGFR(≧75 ml/min/1.73m2)も9〜18%高い発がんリスクに関連した。このように、eGFRは低くても高くても発がんリスクであるというU字型の関連が示された。臓器別のがんについての解析では、特に腎機能の低下した人の発症例が十分な人数ではなかったものの、胃がんと腎がんでは腎機能が低下するほどリスクが高くなる傾向が見られた。一方で、直腸がんは腎機能によって明らかなリスクの変化が見られなかった。
eGFRが高い群でがん死亡リスクと関連
観察期間中に約1,600人(全体の約3%)が死亡した。このうちおよそ半数にあたる約800名ががんによる死亡だった。eGFR60〜74 ml/min/1.73m2と比較して腎機能の低下は、がん死亡と統計学的に有意な関連は見られなかったが、今回の研究に含まれるeGFR<45 ml/min/1.73m2の人の参加者数およびがん死亡者数が比較的少ないため、これについては結果から結論づけることはできないと考えられる。一方、eGFR≧75 ml/min/1.73m2は高いがん死亡リスクに関連した。この理由は明らかになっていないが、衰弱していて筋肉量の少ない人ほどeGFRが高くなりやすいことから、そのような人でがん死亡リスクが高いという可能性や、eGFRが高い人は正確な腎機能を評価することができないために適切な投与量の抗がん剤を使用できない、あるいは抗がん剤の排泄が早いため効果が得られにくいといった可能性が考えられる。
腎機能が低下している人、喫煙、がんの家族歴で発がんリスクが高い
腎機能の保たれている人(eGFR≧60 ml/min/1.73m2)と低下している人(eGFR<60 ml/min/1.73m2)の2つのグループ間で他のがんのリスク因子について比較すると、喫煙、がんの家族歴は腎機能が低下している人でより大きな発がんリスクに関連していた。eGFRを連続値として詳しく評価すると、喫煙は腎機能の保たれた人でも発がんリスクであるが、eGFR全域にわたり、腎機能が低下するほどそのリスクは大きくなっていた。この理由として、たばこに含まれる発がん物質の一部は腎機能が低下していると排泄されにくく体内に蓄積しやすいために強く影響が出ることなどが考えられる。一方、がんの家族歴はeGFR60 ml/min/1.73m2以上では一定で60 ml/min/1.73m2以下では腎機能が低下するほど発がんとの関連が大きくなった。この理由としては、腎機能低下と発がんの原因となるような遺伝子異常が共存しやすい可能性や、腎機能低下、がんのどちらにもリスクとなるような生活習慣や環境への曝露が家族間で似通っている可能性が考えられる。
腎機能をもとに、よりがんの発症に注意する根拠となり得る
今回の研究結果は、eGFRの低い人と高い人において、よりがんの発症に注意する根拠になり得る。特に、腎機能の低下した人では腎がんや胃がんのスクリーニング検査を積極的に実施することは早期発見・治療につながりやすいと考えられる。また、低いeGFRだけでなく、高いeGFRも発がんリスクに関連したことについて研究を進めることで、発がんに関する医学的な知見を深められる可能性がある。「腎機能の低下した人ほどたばこによる発がんリスクが大きくなるという結果は、特にこれらの人にとってたばこを避けることが重要であることを示している。そのため、腎機能の低下した人に重点的に禁煙の支援を実施するための施策の策定の根拠になり得る」と、研究グループは述べている。
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