ALSには診断的バイオマーカーがなく、検査結果や所見から診断するしかなかった
筑波大学は5月12日、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の90%を占める孤発例において、髄液中のグルタミン酸受容体を構成するタンパク質「GluA2」のメッセンジャーRNAのRNA編集率が有意に低下しており、これが新たな診断バイオマーカーとなり得ることを見出したと発表した。この研究は、同大医学医療系の保坂孝史講師と、東京医科大学神経学分野の郭伸兼任教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Neurology, Neurosurgery, and Psychiatory」に掲載されている。
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ALSは、運動神経細胞が選択的に障害されることによって全身の筋力が弱まり、発症から数年以内に死に至る難病。加齢が危険因子となるため、近年の高齢化社会に伴って発症頻度は増加傾向にある。ALSのうち5〜10%が遺伝子異常により発症する家族性で、残りの90%以上を孤発例が占めている。孤発性ALS の原因は現時点では未解明だが、グルタミン酸(神経伝達物質)受容体の異常による興奮性神経細胞死が有力とされている。
研究グループではこれまでに、孤発性ALSの脊髄の運動神経細胞ではRNA編集を触媒する酵素(ADAR2)の発現量が低下することで、グルタミン酸受容体(AMPA受容体)を構成するタンパク質の一つであるGluA2のメッセンジャーRNA(GluA2 mRNA)のRNA編集異常が起き、これが運動細胞死の直接的な原因になることを、培養細胞およびモデルマウス研究から明らかにしている(孤発性ALSのADAR2-GluA2仮説)。
現在まで、ALSには治療法も診断的バイオマーカーもなく、身体所見や針筋電図検査、画像検査などの検査所見の結果を組み合わせて診断が行われている。研究グループは今回、上述のRNA編集異常がALSのバイオマーカーになり得ると考え、検討した。
孤発性ALSでは、髄液中GluA2 mRNAのQ/R部位の編集率が有意に低下
研究では、患者の髄液中に存在しているGluA2 mRNA内のRNA編集によりグルタミンからアルギニンへの変換が生じている部位(Q/R部位)の編集率変化を測定し、これが孤発性ALSのバイオマーカーとなり得るか検討した。
その結果、孤発性ALSでは髄液中のGluA2 mRNAのQ/R部位の編集率が、非ALS患者(対照群;全ての症例で編集率が94.6%以上)と比較し、有意に低下していることを見出した。
この編集率低下は孤発性ALSのバイオマーカーとして有用
また、編集率が低下している孤発性ALS群の特徴として、罹病期間が長いこと、ALS機能評価スケール改訂(ALSFRS-R)の点数、特に下肢機能サブスケールの点数が有意に低下していることも判明した。
これらのことから、髄液中のGluA2 mRNAのQ/R部位の編集率は、孤発性ALSに対して、非常に特異度の高い診断および症状進行のバイオマーカーになることが明らかになった。
ALSを治療可能な疾患へと変えていくブレイクスルーとなることに期待
現在、孤発性ALSのADAR2-GluA2仮説に基づいた治療法の開発が進み、臨床試験が実施されている。今回の研究で発見した髄液中のGluA2 mRNAのQ/R部位の編集率変化は、診断バイオマーカーのみならず、治療可能なALSを判別したり治療効果を判定したりするためのバイオマーカーにもなる可能性がある。
「このことは、今まで根本的な治療法もなく、確定診断も困難であったALSを、治療可能な疾患へと変えていくブレイクスルーとなると期待される」と、研究グループは述べている。
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・筑波大学 TSUKUBA JORANAL