腸内細菌叢がアレルギー疾患の病態に働きかけるメカニズムは不明だった
理化学研究所(理研)は5月10日、授乳期の母マウスに短鎖脂肪酸の一種「プロピオン酸」を投与すると、子の気管支喘息の病態の一つであるアレルギー性気道炎症が抑制されることを発見したと発表した。この研究は、理研生命医科学研究センター 粘膜システム研究チームの大野博司チームリーダー、伊藤崇訪問研究員(研究当時、現・客員研究員)、千葉大学大学院 医学研究院 小児病態学の下条直樹教授(研究当時)らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Gut Microbes」オンライン版に掲載されている。
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気管支喘息は、ダニ、ペットの毛、真菌(カビ)などの異物に有害反応を示すアレルギー疾患。典型的な病態の一つに、気道に炎症が起きるアレルギー性気道炎症がある。世界で3億人以上が気管支喘息に苦しんでいると考えられており、公衆衛生の観点から病態を理解し、発症因子を明らかにすることが急務となっている。
出生前および授乳期の母親のライフスタイルは、子どもの腸内細菌叢に大きな影響を与えることが知られている。ヒトの大規模な疫学調査では、乳幼児期の腸内細菌叢の変化が気管支喘息をはじめとするアレルギー疾患の発症と相関しているという報告がある。しかし、腸内細菌叢がアレルギー疾患の病態に働きかけるメカニズムの詳細は不明だった。
腸内の主要な微生物発酵代謝物「プロピオン酸」に注目
近年、メタボローム解析の発展に伴い、短鎖脂肪酸をはじめとする微生物の代謝物が腸の恒常性を維持する宿主免疫応答に影響を与え、その制御異常が疾患につながることが指摘されている。特に、短鎖脂肪酸の一種であるプロピオン酸はヒトを含む多くの動物の腸内における主要な微生物発酵代謝物であり、心肥大や線維化の予防、血管機能障害の抑制、大腸炎症の改善など、腸を越えて全身に多彩な健康増進効果を発揮していることが明らかになりつつある。
これらのことから研究グループは、腸内のプロピオン酸に注目することで、気管支喘息をはじめとしたアレルギー疾患と腸内細菌叢を結ぶ新しいメカニズムが解明できるのではないかと考え、研究を行った。
授乳期の母マウスへのプロピオン酸投与で、子マウスのアレルギー性気道炎症抑制
研究グループはまず、授乳期における母マウスのプロピオン酸摂取が、子マウスのアレルギー性気道炎症にどのように寄与するのか調べた。
マウスに3種類の短鎖脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、酪酸)をそれぞれ含む飲料水、または対照(コントロール)となる通常飲料水のどれかを自由摂取できる環境を作った。妊娠中の雌マウスに通常飲料水を摂取させ、そのマウスが出産して母になったら、子マウスに授乳する期間(授乳期)は上記の4種類の飲料水のうち1種類のみを摂取させた。3週齢となった離乳時の子マウスと母マウスには通常飲料水を摂取させ、6週齢で子マウスの気管内にチリダニを投与した。
その結果、プロピオン酸飲料水を投与した母マウスの子では、他の群のマウスの子と比較して、気管支肺胞洗浄液中の好酸球とCD4陽性T細胞の割合が低下したことが明らかになった。これらの結果から、授乳期の母マウスにプロピオン酸を投与することで、子マウスのアレルギー性気道炎症が抑制されることが示唆された。
「GPR41」がプロピオン酸受容体として働き、アレルギー性気道炎症から保護
プロピオン酸を含む短鎖脂肪酸は、免疫細胞に発現するGタンパク質共役受容体のGPR41およびGPR43を介して健康増進効果の一部を発揮することが知られており、腸内の恒常性維持に重要な役割を担っている。そこで、プロピオン酸を介したチリダニが誘発するアレルギー性気道炎症の発症抑制において、GPR41およびGPR43がどのように関与しているかを調べた。
野生型母マウス、Gpr41欠損母マウス、Gpr43欠損母マウスを、プロピオン酸摂取群と対照群に分け、子マウスの気管支喘息の発症について調べた。Gpr43欠損母マウスでは、野生型母マウスと同様に、プロピオン酸摂取によって子マウスの気管支肺胞洗浄液中の好酸球の割合が低下し、アレルギー性気道炎症が抑制された。一方、Gpr41欠損母マウスではプロピオン酸を摂取したにもかかわらず、子マウスの気管支肺胞洗浄液中の好酸球の割合が野生型母マウスと同等だった。これらの結果から、GPR43ではなくGPR41がプロピオン酸受容体として働き、アレルギー性気道炎症からマウスを保護することが示された。
プロピオン酸が腸内好酸球TLRに働きかけ、GPR41を介し肺の好酸球にも影響の可能性
次に、GRP41を発現している細胞を同定するために、野生型マウスの小腸から各種免疫細胞を単離し、定量的PCR解析によるGpr41のmRNA発現解析を行った。その結果、Gpr41のmRNAは好酸球に強く発現していることが判明。GPR41を発現する好酸球が、摂取したプロピオン酸の主な標的である可能性が考えられた。
そこで、腸内好酸球の包括的な遺伝子スクリーニングを行うために、プロピオン酸またはコントロール水を与えた母マウスの子から単離した小腸好酸球について、RNAシーケンス解析およびGO解析を行った。その結果、プロピオン酸投与群で発現が上昇した遺伝子のうち、GO解析ではToll様受容体(TLR)シグナリング経路に属する遺伝子のスコアが最も上位となった。これらの結果から、プロピオン酸は腸内好酸球のTLRに働きかけ、GPR41を介して肺の好酸球にも影響を与える可能性が示された。
ヒトでは生後1か月・気管支喘息発症群の糞便でプロピオン酸濃度「低」
最後に、ヒト出生コホートにおいて糞便中メタボローム解析および16S rRNA菌叢解析を行い、プロピオン酸と子の気管支喘息発症の関連を調べた。この出生コホートでは、アレルギー疾患の既往歴がある妊婦を募集し、生まれた赤ちゃん・子どもから経時的に糞便サンプルを採取した。そして、5歳時において小児科医による臨床診断に基づき、気管支喘息発症群(23人)と気管支喘息非発症群(181人)に分けた。
両群の糞便について、ガスクロマトグラフィー質量分析計を用いたメタボローム解析を実施した。その結果、生後1か月の糞便中では気管支喘息発症群のプロピオン酸濃度が低下していた。
糞便中からプロピオン酸濃度と正の相関を示す腸内細菌3属を同定
さらに16S rRNA菌叢解析を行い、生後1か月における糞便中のプロピオン酸濃度と主要30属の腸内細菌の相対量の相関解析を行ったところ、Varibaculum属、Bifidobacterium属、Parabacteroides属が糞便中プロピオン酸濃度と有意な正の相関を示した。以上の結果より、これらの3属が糞便中プロピオン酸の生成に関与している可能性が考えられた。
腸内細菌や短鎖脂肪酸をターゲットとしたアレルギー疾患治療法開発への貢献に期待
今回の研究により、授乳期母マウスへのプロピオン酸投与が子のアレルギー性気道炎症を抑制することが明らかにされた。同成果は、特定の腸内細菌が産生することが知られている短鎖脂肪酸が腸管内のみならず、アレルギー疾患などの腸管外疾患に深く関与していることを示しており、今後、腸内細菌や短鎖脂肪酸をターゲットとした、気管支喘息を含めたアレルギー疾患に対する新しい治療法開発への貢献が期待される。
「気管支喘息に関しては、周産期の母親のライフスタイルと子どもの疾患発症の関連について大規模なコホートが報告されている。今後、母親の周産期のライフスタイルを考慮することで、生まれてくる子どもの気管支喘息を予防できる可能性が考えられる」と、研究グループは述べている。
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・理化学研究所 プレスリリース