胸骨圧迫実施の遅れなど、緊急事態宣言の間接的な影響は?
国立循環器病研究センターは5月8日、新型コロナウイルス感染症に対して発出された緊急事態宣言後に、院外心停止患者に対するAED使用率が急激に低下し、神経学的転帰も悪化したことを明らかにしたと発表した。この研究は、同センター心臓血管系集中治療科の片迫彩専門修練医、医学統計研究部の芳川裕亮上級研究員、予防医学疫学情報部の尾形宗士郎室長、西村邦宏部長、心臓血管系集中治療科の田原良雄特任部長、野口輝夫長副院長らの研究グループによるもの。研究成果は、「The Lancet Regional Health – Western Pacific」に掲載されている。
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2019年12月以降、新型コロナウイルス感染症の未曾有の流行によって、世界中で医療現場は大変な困難に直面した。感染拡大当初は、新型コロナウイルス感染症による直接的な影響、つまり肺炎・急性心筋梗塞などによる死亡が注目された。しかし徐々に、間接的な影響、すなわち感染を恐れるために、一般市民や救急隊による心停止患者への胸骨圧迫の実施に遅れが生じたり、患者が救急要請や病院受診を控えることによる予後の悪化が注目されるようになってきている。
2017年~2020年の院外心停止患者のうち約2万例を解析
研究グループは今回、総務省消防庁によるウツタイン様式救急蘇生統計データを用いて、2020年4月7日に発出された新型コロナウイルス感染症に対する緊急事態宣言が与えた間接的な影響を調査した。2017年~2020年に国内で発生した全50万6,935例の院外心停止患者のうち、市民による目撃があり、AEDが使用されたもしくは救急隊到着時点で致死性不整脈が持続していた患者2万1,868例を解析対象とした。院外心停止30日後の神経学的転帰を主要評価項目、AED使用を副次評価項目とし、緊急事態宣言発出後の変化を評価するため分割時系列解析を実施した。
緊急事態宣言が最初に発出された都府県において神経学的転帰の悪化が顕著
神経学的転帰およびAED使用の割合は緊急事態宣言発出後に有意に低下していることが示された(良好な神経学的転帰:0.79倍、AED使用:0.60倍)。さらに、最初に緊急事態宣言が発出された都府県と発出されなかった都道府県のそれぞれで評価を行ったところ、前者において良好な神経学的転帰の割合低下が顕著に示された(最初に緊急事態宣言が発出された都府県:予測値の0.70倍 vs. 最初に緊急事態宣言が発出されなかった都道府県:0.87倍)。
地域における心肺蘇生技術取得者の育成など、次の感染症パンデミックへの備えを
他の先進国と比較して新型コロナウイルス感染症による死亡率が極めて低い日本においても、人々の行動および意識に変容を及ぼした緊急事態宣言は市民によるAED使用と神経学的転帰が良い患者の割合の低下を引き起こしていた可能性が明らかになった。「次の感染症パンデミックに備え、stay at homeの状態において家庭で発生する院外心停止を想定した、地域における心肺蘇生技術取得者の育成が必要だ」と、研究グループは述べている。
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・国立循環器病研究センター プレスリリース