開発したトレーニング機器を高齢者に配布し、認知機能・手指巧緻性への効果を検討
筑波大学は5月2日、反復的なトレーニングで、高齢者の認知機能と手指巧緻性が向上することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大体育系の大藏倫博教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「European Review of Aging and Physical Activity」に掲載されている。
画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
手指巧緻性は、物を持ち運んだり、文字を書いたり、料理をしたり、ボトルの蓋を開けたりするなど、いわゆる手段的日常生活動作に直結する重要な身体機能の一つだが、加齢によりその機能は低下する。研究グループはこれまでに、高齢者の身体機能の中で認知機能と最も強く関連する項目が手指巧緻性であることを発見しており、他の先行研究でも、認知機能低下者をスクリーニングするツールとして手指巧緻性が有効であるなど、高齢者の手指巧緻性が、認知機能と関連するエビデンスが蓄積されつつある。
研究グループは、作業療法分野で手指動作を訓練・評価するペグ移動テストと、紙とボールペンを使って数字やひらがなを順番に早く結ぶ認知機能テスト(トレイルメイキングテスト)を結合した「トレイルメイキングペグテスト」を開発するとともに、非接触センサーおよび表示パネルを追加することで、自動測定が可能となり、自宅でも1人で利用できるような手指巧緻性トレーニング機器に改良した。これにより、毎回、課題を無作為で表示させることが可能で、学習効果を取り除いたトレーニングができるようになったが、そのトレーニング効果についてはまだ検討されていなかった。
そこで今回の研究では、この手指巧緻性トレーニング機器を茨城県内に在住する高齢者57人に配布し、自宅で毎日トレーニングを行うことが、認知機能および手指巧緻性に及ぼす効果を検討した。
トレーニング群は毎日約20分間7種の手指巧緻性を実施、対照群は普段通りの生活
まず、トレーニングの課題が脳への刺激(認知負荷)を有するのかを調べるため、調査対象者57人に対し、機能的近赤外線分光法を用いて課題中における前頭前野の脳血流の活性化(ヘモグロビン濃度の上昇)を確認。この57人を無作為でトレーニング群(n=28)、対照群(n=29)に振り分け、7種の手指巧緻性トレーニングモード(Aモード:数字の順番にペグを差し込む、Bモード:数字とひらがなを交互に差し込む、Cモード:ペグを数字の順番に差し入れて抜くことを繰り返す、Fモード:横に並ぶ記号のうち異なる記号を見つけ出す、Mモード:最初のパターンを覚えて別の作業後に思い出す、Pモード:上部にあるペグを中部の穴に片手で全部動かす、Vモード:もぐらたたきのように、光る箇所に差し込む)を毎日、約20分間実施。月・水・金曜日は利き手(右手)を、火・木・土曜日は非利き手(左手)の訓練日とし、日曜日は1週間で足りないと思った側の手を訓練した。また、トレーニング群には、スタッフが週1回、電話で実践状況、機器に不具合などがないかの確認を行った。一方、対照群は普段通りの生活を維持した。
機器に保存される記録を集計した結果、全トレーニングモードにおいて、週ごとに手指巧緻性が改善していく様子が確認できたという。また、認知機能の評価として、ストループテスト(実行機能)と運転免許更新用認知機能検査(記憶力、判断力)、また、手指巧緻性の評価として、パーデューペグボードテストを用いた。
12週後、トレーニング群はストループ干渉短縮・免許更新用の認知機能検査で得点が改善
12週間の介入の結果、トレーニング群は、ストループテストのうち、ストループ干渉が、介入前に比べ、良好に短縮された。また、パーデューペグボードテストの中で、両手を使って複数のパーツを組み立てる課題において、介入前に比べ良好に改善した。運転免許更新用認知機能検査の得点においても、トレーニング群の方が対照群に比べ、効果量が大きいという結果が得られた。
以上のことから、認知機能と関連すると知られていた手指巧緻性をピンポイントで訓練することで、認知機能を向上させることが明らかになった。認知機能が優れている者が手指巧緻性が良好なのか、手指巧緻性が優れている者が認知機能が良好なのか、という因果関係は、これまで明確になっていなかったが、手指巧緻性を反復的にトレーニングすることで認知機能を改善できることが判明した。
認知症の高齢者を対象に手指巧緻性トレーニングの「認知機能改善効果」の検証が必要
今回の研究では、比較的健康な高齢者が対象だったため、結果を一般化するには限界があった。今後、認知症や軽度認知症の高齢者のさらなる増加が想像されることをふまえると、このような高齢者を対象に、手指巧緻性トレーニングの認知機能への効果をより詳細に検証していくことが重要な課題だと、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・筑波大学 TSUKUBA JORANAL