医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > 筋肉の量と質の変化は地上・月面・宇宙の重力ごとに相違、マウスで解明-JAXAほか

筋肉の量と質の変化は地上・月面・宇宙の重力ごとに相違、マウスで解明-JAXAほか

読了時間:約 3分28秒
このエントリーをはてなブックマークに追加
2023年05月02日 AM09:15

宇宙空間で起こる骨格筋の量的・質的な変化、詳細な分子機構は不明

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は4月21日、JAXAが開発した微小重力から1Gまでの人工重力環境下でマウスを飼育できる世界で唯一の装置(可変人工重力研究システム:MARS)を用い、国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟でマウスを3種類の重力環境下(=6分の1G、地球上重力=1G)で約1か月間飼育し、姿勢の保持に働く筋肉(抗重力筋)であるヒラメ筋の量と質の変化を解析したと発表した。この研究は、JAXAきぼう利用センターの芝大技術領域主幹、筑波大学医学医療系/トランスボーダー医学研究センターの工藤崇准教授、高橋智教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Communications Biology」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

(筋肉)はさまざまな要因によって量や質を変化させる可塑性の高い組織である。特に、骨格筋の質の変化は、見た目では判断しにくいが、恒常性の維持には重要である。骨格筋を構成する筋線維は、収縮特性や代謝特性から遅筋と速筋に分類することができる。遅筋はマラソンのような持久的な筋収縮が得意で、速筋は収縮スピードが速く、瞬間的に大きな力を出す特性がある。遅筋はタイプIと呼ばれる筋線維を多く含み、速筋はヒトでは2種類(タイプIIa、IIx)、マウスなどのげっ歯類では3種類(タイプIIa、IIx、IIb)の筋線維タイプを多く含んでいる。

宇宙飛行士や動物の研究により、宇宙空間では骨格筋の急速な筋萎縮(量的変化)と筋線維タイプの変化(質的変化)が起こることがわかっている。筋量の減少や遅筋化(タイプIの増加、タイプIIの減少)は、地上では寝たきりなどによる廃用性症候群や加齢で引き起こされる。筋量の増加や速筋化(タイプIの減少、タイプIIの増加)は高強度な筋力トレーニングなどにより引き起こされる。一方で宇宙空間では、微小重力以外に宇宙放射線などの影響もあるため、詳細な分子メカニズムはわかっていない。

骨格筋の可塑性を制御する重力閾値、微小重力から1Gまでの間に存在するのかを検証

研究グループは、遠心機により、微小重力から1Gまでの重力を宇宙空間で発生させることができるマウス飼育システム(MARS)を利用し、国際宇宙ステーション(ISS)において微小重力(マイクロG)と人工重力(1G)環境下でマウスを約1か月間飼育し、骨格筋に与える影響を解析した。その結果、宇宙空間で生じる骨格筋の変化は人工重力(1G)環境によりほぼ完全に抑制され、宇宙空間における骨格筋の筋萎縮や、筋線維タイプの速筋化は主に重力変化に起因することを示した。この結果を受け、研究グループは骨格筋可塑性を制御する重力閾値はどこにあるのかに疑問を持った。

そこで今回、微小重力から1Gまでの間に、骨格筋の可塑性を制御する重力閾値が存在するのかを明らかにするために、MARSで月面重力(6分の1G)を発生させ、骨格筋の量と質の変化が抑制できるかどうかを組織学的および網羅的遺伝子発現解析の視点から検証した。

微小重力下で起こる筋萎縮は月面重力で抑制されるが、速筋化は完全には抑制されない

研究では、ISSの「きぼう」日本実験棟における3回の飼育ミッション(MHU-1、4、5ミッション)で得られたマウス骨格筋(ヒラメ筋)のデータを総合的に解析した。MHU-1ミッションでは地球重力と同じ人工重力(1G)および微小重力(マイクロG)環境下で、MHU-4、5ミッションでは月面重力(6分の1G)環境下で、いずれもマウスを約1カ月間飼育し、それぞれの重力環境で起こるヒラメ筋の量的変化および筋線維タイプの質的変化を検討した。また、人工重力(1G)の対照実験として、地上対照実験も行った。

微小重力下では、地上対照や人工重力(1G)と比べて筋重量や筋線維断面積の減少が引き起こされた。一方、月面重力では筋重量や筋線維断面積の減少は見られず、地上対照や人工重力(1G)と同程度であり筋萎縮は抑制されていた。

一方、微小重力下で誘導される筋線維タイプの速筋化は、月面重力下では、その程度が微小重力下よりも低くなった。しかし、完全には抑制されておらず、地上対照や人工重力(1G)と比べて速筋化が生じていることが明らかとなった。

これは、月面重力は、宇宙空間における筋萎縮を抑制するのには十分な刺激である一方、筋の質的変化である速筋化を抑制するには不十分であることを示唆している。実際にヒラメ筋のRNAシークエンシングデータを比較したところ、月面重力下と微小重力下では、一部異なる遺伝子発現パターンを示すものがあった。

地上における筋疾患の予防・治療法の確立にもつながると期待

今回の研究は、重力負荷によって制御されているマウス骨格筋の恒常性は、質的と量的にそれぞれ別の重力閾値によって制御されていることを世界で初めて明らかにした。

将来的な月探査や月移住に向けて、月面重力が骨格筋に与えている影響の詳細なメカニズムの解明は重要である。今回の研究のような宇宙生物学における実験手法の発展は、人類の宇宙進出に貢献するだけでなく、地上における骨格筋の筋萎縮を防ぐ方策の構築にもつながると考えられる。また、宇宙飛行による全身の変化は加齢変化と類似している。中でも加齢に伴う骨格筋の機能低下であるサルコペニアは現代社会の解決すべき問題の一つである。「本研究成果から、宇宙飛行が骨格筋に与える影響のメカニズムを明らかにし、サルコペニアを含むさまざまな筋疾患に対する予防・治療法の確立が期待される」と、研究グループは述べている。

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 血液中アンフィレグリンが心房細動の機能的バイオマーカーとなる可能性-神戸大ほか
  • 腎臓の過剰ろ過、加齢を考慮して判断する新たな数式を定義-大阪公立大
  • 超希少難治性疾患のHGPS、核膜修復の遅延をロナファルニブが改善-科学大ほか
  • 運動後の起立性低血圧、水分摂取で軽減の可能性-杏林大
  • ALS、オリゴデンドロサイト異常がマウスの運動障害を惹起-名大