COVID-19患者に対応した茨城県の病院7施設で調査
筑波大学は5月1日、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対応した病院の職員に対してオンラインアンケート調査を実施し、職種別の心理的苦痛とCOVID-19への恐怖、レジリエンスとの関連を明らかにしたと発表した。この研究は、同大学医学医療系の太刀川弘和教授、新井哲明教授、山懸邦弘教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Frontiers in Psychiatry」に掲載されている。
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COVID-19の感染拡大(コロナ禍)に伴うメンタルヘルスの悪化は、社会的な問題となっている。とりわけ医療従事者のメンタルヘルスが悪化していることが世界中で報告されており、3割以上の医療従事者において、抑うつや不安が問題となっているという報告もある。その要因としては、COVID-19に罹患している患者の治療に携わることによる肉体的・精神的な疲労、感染リスク、家族への二次感染への恐怖、差別や偏見など、さまざまなことが考えられている。感染症のパンデミックがもたらすメンタルヘルスへの悪影響は長期間に及ぶとされることから、コロナ禍における医療従事者のメンタルヘルスは今なお重要な課題である。
病院職員のメンタルヘルスに関する問題を検討する際には、職種や働き方による違いに目を向けることが必要だ。しかし、職種や業務内容によるメンタルヘルスの違いに関連する要因は十分明らかにされてはおらず、とりわけ、コロナ禍において特有の要因といえるCOVID-19への恐怖や、職域のメンタルヘルスにおいて重要な役割を果たすレジリエンス(恐怖や困難や不利な状況を乗り越える回復力)が、どのように関わるかはわかっていなかった。
そこで今回研究グループは、茨城県でCOVID-19患者に対応した病院7施設を対象としたオンラインアンケート調査を実施し、コロナ禍における病院職員のメンタルヘルスに関して、各職種の心理的苦痛にCOVID-19への恐怖やレジリエンスといった要因がどのように関連するかを検討した。
K6尺度、新型コロナウイルス恐怖尺度などを用いて測定
調査期間は2020年12月24日から2021年3月31日で、アンケートに回答した709人のうち、欠損値のない634人(89.4%)を解析の対象とした。調査は自由参加形式で、参加者からは、所属施設、性別、年代、同居者の有無、職種、職場、雇用状態、夜勤の有無、COVID-19関連業務の経験、所属する病院におけるCOVID-19関連の取り組みに関する認識について情報収集をした。また、精神的健康の指標として、心理的苦痛(ケスラーの心理的苦痛尺度:K6)、COVID-19恐怖(新型コロナウイルス恐怖尺度:FCV-19S)、レジリエンス(14項目版レジリエンス尺度:RS14)を測定した。
解析では、参加者をK6≧5点をカットオフ値(正常範囲の基準)として心理的苦痛がある群とない群に分割し、K6とその他の変数の関連性を明らかにするためロジスティック回帰分析を実施した。この際、RS14やFCV-19Sを考慮するかどうかでK6と職種(医師を基準としてその他の職種と比較)との関連性が変化するかを検討した。また、職種毎のFCV-19SやRS14を示すとともに、FCV-19Sと各参加者の所属病院におけるCOVID-19関連の取り組みに関する認識の関連性も検討した。
看護職や事務職で新型コロナへの恐怖高値、レジリエンス低値
分析の結果、FCV-19SとRS14を除いたモデルでは、看護職(オッズ比:OR=2.27, 95%CI 1.29-4.01)、事務職・その他(OR=3.98, 95%CI 2.09-7.58)、夜勤あり(OR=1.51, 95%CI 1.01-2.27)が心理的苦痛に関連した。RS14を加えたモデルでは、RS14(OR=0.93, 95%CI 0.92-0.95)と事務職(OR=2.94, 95%CI 1.46-5.94)は関連したものの、看護職(OR=0.96, 95%CI 0.51-1.81)と夜勤(OR=1.32, 95%CI 0.85-2.05)は関連しなかった。FCV-19Sを加えたモデルでは、FCV-19S(OR=1.28, 95%CI 1.22-1.34)と同居者あり(OR=0.56, 95%CI 0.35-0.89)が関連したが、職種や夜勤の有無は関連しなかった。RS14とFCV-19Sの両方を考慮したモデルでは、RS14(OR=0.93, 95%CI 0.92-0.95)、FCV-19S(OR=1.29, 95%CI 1.22-1.36)、同居者あり(OR=0.50, 95%CI0.30-0.82)が関連したが、職種は関連しなかった。
職種と心理的苦痛は、COVID-19への恐怖(FCV-19S)やレジリエンス(RS14)を考慮しない場合にのみ関連していたことから、COVID-19関連業務の経験に限らず、職種と心理的苦痛の関連は、職員個人のCOVID-19への恐怖やレジリエンスにより説明されると考えられた。職種毎のFCV19SやRS14に関して、FCV-19Sは医師で低く(15.5点)、看護職(19.8点)や事務職・その他(19.7点)で高かった。RS14は医師で高く(69.5点)、看護職(59.5点)、薬剤師・検査技師・理学療法士・作業療法士・言語聴覚士(62.0点)、事務職・その他(61.3点)で低いという結果で、前述の職種と心理的苦痛の背景にはCOVID-19への恐怖やレジリエンスの違いがあるという結果を支持するものだった。
「感染症対策の院内サポートがあること」は、新型コロナへの恐怖低値に関連
FCV-19Sと各参加者の各病院におけるCOVID-19関連の取り組みに関する認識の関連性については、感染症対策に関して院内で相談可能な状況であることや心理的・感情的なサポートを受けることが可能な状況であることがFCV-19S低値に関連した。
COVID-19関連業務従事者だけでなく、事務職を含めた幅広い職員を対象に支援が必要
研究結果から、コロナ禍における医療従事者のメンタルヘルス対策にあたっては、COVID-19関連業務に従事している者だけではなく、事務職を含めた幅広い職員を対象にする必要があり、特に看護職や事務職への支援が重要と考えられた。また、職種による心理的苦痛の違いにはCOVID-19への恐怖やレジリエンスが関わっており、恐怖の軽減やレジリエンス向上への取り組みが有効であること、さらに、COVID-19への恐怖の軽減にあたっては、一方的な知識の提供に留まらず、精神的なサポートや、感染症対策に関して相談できる窓口の設置など、双方向性のある支援体制の構築と周知が重要であることが示唆された。
この研究はコロナ禍の渦中において実施されたが、現在は、COVID-19の感染症法上の位置付けが5類に移行する予定であるように、ポストコロナの時代に突入しつつある。「当時と現在において医療従事者のメンタルヘルスの実態や関連要因は変化していると考えられるため、今後、本研究を踏まえ、ポストコロナ時代における医療従事者のメンタルヘルスに関する調査を実施する予定」と、研究グループは述べている。
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・筑波大学 TSUKUBA JORANAL