胎生期・発達期の栄養状態は味覚に影響を与える?
東京医科歯科大学は4月10日、胎生期・発達期における栄養状態の変化が、塩味に対する嗜好性を増加させ、舌に存在する味細胞ではアンジオテンシンII受容体1型(AT1)の発現が上昇することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医歯学総合研究科咬合機能矯正学分野の小野卓史教授と渡一平助教、Serirukchutarungsee Saranya大学院生ら、同大大学院医歯学総合研究科病態生化学分野の井上カタジナアンナ助教、京都女子大学家政学部食物栄養学科の成川真隆准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。
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妊娠・授乳期の偏った栄養摂取状態は、糖尿病をはじめとして母体のその後の健康状態に深刻な悪影響を及ぼし、新生児にとっても生涯にわたってさまざまな健康被害が生じることがわかってきた。胎生期や出生後の環境因子が、成人期以降の健康や疾病の罹患リスクに影響を与えるという仮説、いわゆるDevelopmental Origins of Health and Diseases(DOHaD)仮説より、母体の健康・栄養状態が、成人期以降の糖尿病や心血管疾患をはじめとした各種疾患リスクに関連することが明らかにされている。これまで、DOHaD研究は母体の低栄養状態が引き起こす次世代の健康被害に関する疫学調査から展開されてきた。近年は、世界的な過体重や肥満人口の急激な増加により、栄養過多に伴う新生児の長期的な各種疾患発症リスクに関する報告が散見されるものの、「味覚」に関するDOHaD研究は極めて少ないのが現状だ。幼少期における味覚の変調は、食行動の変化を介して栄養代謝状態に長期的な悪影響を及ぼす可能性があることから、胎生期・発達期の栄養状態が味覚に与える影響を明らかにすることは重要な課題である。
出生前から高脂肪食負荷状態の出生ラット、塩味の嗜好性が有意に「増」
今回、研究グループは、Wistarラットを用いた動物実験系において、妊娠・授乳期の母獣ラットおよび離乳後の出生仔に高脂肪食を継続摂取させた際の味覚への影響を、行動学的、ならびに組織・生化学的解析手法によって検討した。
研究グループは、出生前から高脂肪食負荷状態にある雌雄出生仔に対して、2瓶選択嗜好試験を行い、5基本味に対する嗜好性を調べた。その結果、対照群と比較して高脂肪食摂取群(HDM10w、HDF10w)では塩味の嗜好性が有意に増加した。一方、甘味、酸味、苦味、旨味に対する嗜好性に有意な差は認められなかった。
舌有郭乳頭の味蕾で味細胞AT1の発現上昇
次に、舌の有郭乳頭に存在する味蕾おいてENaCαおよびAT1の免疫染色を行い評価。その結果、ENaCαは全ての群間において有意差は認められなかったものの、AT1において3週齢雌の高脂肪食摂取群(HDF3w)は他群と比較して免疫染色陽性領域が有意に増加していた。
最後に、舌有郭乳頭の味細胞におけるENaCαおよびAT1の発現量を定量PCRにて解析。その結果、ENaCαでは各群間に有意差はなかったが、AT1では3週齢雌性高脂肪食摂取群(HDF3w)において発現量が有意に増加していた。
胎生期・発達期の栄養環境で味の嗜好性が変化する可能性
今回の研究では、Wistarラットを用いた動物実験系において、妊娠・授乳期の母ならびに離乳後に高脂肪食を摂取させた出生仔では塩味に対する嗜好性が増加し、舌有郭乳頭の味細胞におけるAT1の発現が上昇することを世界で初めて明らかにした。そして、2世代にわたる高脂肪食摂取による子の塩味嗜好性の増加は、食塩の過剰摂取や食行動の変調を誘発し、生涯にわたる健康状態や各種疾病の罹患リスク高める恐れがある。今回の研究成果により、ヒトにおいても、胎生期・発達期の栄養環境により味の嗜好性が変化する可能性が示された。偏った食嗜好性はその後の人生の健康に重大な支障をきたすため、幼少期のみならず、妊娠・授乳期の母も栄養バランスの取れた食生活を維持することが極めて重要であると考えられる、と研究グループは述べている。
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・東京医科歯科大学 プレスリリース