遺髪のゲノム解析でベートーヴェンの健康状態や家系の解明が進む
作曲家ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770〜1827年)の遺髪のゲノム解析から、ベートーヴェンの死因について新たな情報が得られた。ベートーヴェンはB型肝炎に罹患しており、肝疾患が原因で死亡した可能性が示唆されたのだ。また、解析を通して、ベートーヴェンの家族の「スキャンダル」の証拠も得られたという。英ケンブリッジ大学などの国際共同研究グループが実施したこの研究の詳細は、「Current Biology」に3月22日掲載された。
画像提供HealthDay
ベートーヴェンの聴力は20代半ばから低下し始めた。「交響曲第9番」などのいくつかの代表作は、彼が完全に聴力を失った後に作曲されたと考えられている。また、本研究の背景情報によると、ベートーヴェンは、少なくとも22歳以降から腹痛や下痢といった胃腸の問題にも苦しめられていた。1821年の夏には肝疾患の兆候である黄疸を経験。これを含めて少なくとも2回の黄疸を発症した。この肝疾患が原因で、ベートーヴェンは1827年3月26日に56歳で死去したと専門家の間では考えられている。
ベートーヴェンが亡くなった翌日、机の中から彼の弟たちに宛てた手紙が見つかった。この手紙は1802年に書かれたもので、そこには聴力低下が進んでいることや、聴力低下に思い悩んで自殺を考えたこと、死後には自分の病気についての記録を残し、公開してほしいとの要望が記されていた。この手紙をきっかけに、その後何世紀にもわたってベートーヴェンの健康問題が議論されてきた。
研究グループは今回、ベートーヴェンのものとされていた8束の遺髪のゲノム解析を実施した。その結果、5束の遺髪はヨーロッパ系の1人の男性に由来するが、残りの3束のうちの2束はベートーヴェンのものではないと判定され、1束はDNAの保存状態が悪く真贋性を決められないとされた。偽物とされた2束のうちの一つは女性のもので、そのハプログループ(父系または母系から受け継がれる染色体の遺伝子配列に基づき分類される集団)はアシュケナージ系ユダヤ人に一般的なものだったという。ベートーヴェンの健康問題の一因として示唆されている鉛中毒は、この遺髪の分析結果に基づくものだったため、研究グループは、「われわれは今回、過去の研究で示唆された鉛に関わる知見は、ベートーヴェンには当てはまらないとの結論に達した」と話す。
本物とされた5束の遺髪の解析からは、ベートーヴェンが死の少なくとも数カ月前にB型肝炎ウイルスに感染していたことを裏付ける遺伝的エビデンスが得られた。また、肝疾患に関係するとされる遺伝子変異の存在から、ベートーヴェンは遺伝的に肝疾患になりやすかったことも推定された。研究グループは、「B型肝炎への感染、および遺伝的な肝疾患リスクにベートーヴェン自身が記録に残した飲酒習慣が組み合わさって肝臓にダメージが及び、死に至ったのではないか」と結論付けている。一方で、残念ながら研究グループは、有名なベートーヴェンの進行性の難聴に関する遺伝的要因や、胃腸障害の遺伝的要因については、成果を得ることができなかった。
このほか、遺髪から分離したY染色体とベートーヴェンの家系に属する現存する5人の男性のY染色体の構造が一致しないことが判明し、ベートーヴェンが誕生するまでの約200年の間に、父方の先祖に、どこかの時点で婚外子が生まれていた可能性が示唆された。これについて、論文の筆頭著者で英ケンブリッジ大学のTristan James Alexander Begg氏は、「ベートーヴェン自身がその婚外子だった可能性も否定できない」との見方を示している。
ただ、Begg氏は、「われわれはこのゲノム解析に8年もの歳月を費やしたが、ベートーヴェンのゲノムの3分の2しかマッピングできなかった」と言う。上席研究員でマックス・プランク進化人類学研究所(ドイツ)のJohannes Krause氏も、毛髪は骨と比べて劣化する速度が速いため、「ゲノム解析に十分な量のDNAを抽出することが極めて難しい」と説明している。
Krause氏によると、ベートーヴェンの遺髪は、今回対象にした8束以外に、まだ24束も存在するという。そのため、今後、これらの遺髪を用いたゲノム解析によって、ベートーヴェンの健康状態に関する謎が解明される可能性もある。
▼外部リンク
・Genomic analyses of hair from Ludwig van Beethoven
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写真:シュティーラーによるベートーヴェンの肖像画
Photo Credit:ベートーヴェン・ハウス(ドイツ・ボン)