インシデントを詳述する「自由記載欄」の言葉をAIで分析
名古屋大学は3月28日、同大医学部附属病院で医療事故防止のために集められたヒヤリ・ハットや医療事故に関する報告(通称:インシデントレポート)のデータを利用して、病院の安全性を測定するモデルを開発したと発表した。この研究は、同大病院患者安全推進部の長尾能雅教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Medical Systems」に掲載されている。
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同大医学部附属病院は、日本の国立大学病院の中で唯一、国際的な医療施設評価認証機関である JCI(Joint Commission International)の認証を受けており、全国でも患者の安全確保に対する取り組みを積極的に行ってきた施設のうちのひとつである。
患者安全における客観的な効果測定には、未だ標準化された手法が確立されていない。その中で、インシデントレポートシステムは、患者安全を改善させるため世界的に最も利用されている手法のひとつだ。これは、病院で発生したインシデントを現場の職員からの自発的な報告によって捉え、組織に潜むリスクを拾い上げようとするツールであるが、安全の程度を直接測定する物差しではない。また、提出されるインシデントレポートは主観的であり、記載の質にもバラつきが大きくなっている。しかし、インシデントの内容を詳述する自由記載欄にはさまざまな情報が反映されており、大きな価値が存在している。
研究グループは、自由記載欄の中に登場する言葉に着目し、AI 技術で言葉の重み付けを行いながら数値化し、病院における安全を測定する物差しの開発を試みた。また、開発した指標が、従来の患者安全の専門家による人的な判断とどの程度相関しているかについても検討した。
AIにより算出された重症スコア、専門家の分析と高い相関
研究グループは、AI技術により、専門家が「重症」あるいは「非重症」と判断したインシデントレポートのテキストデータから、それぞれの単語が出現するか頻度を基に重症スコアを算出した。まずは個々の単語単位で数値化、その後レポート単位、レポートを提出する医療者の集団(部署)の単位にまとめられた。教師データとして用いられた4万8,041のインシデントレポートから3万9,701の単語を抽出し、その中で1,802の単語を数値化することができた。これらのスコアについて、スコアの算出に用いられていない別のインシデントレポート群を用いて検証が行った。
その結果、レポート単位で算出された重症スコアは、専門家の重症・非重症の判断と比較して有意差を認めた。また、集団におけるスコアも、従来の専門家による分析と高い相関が示された。
患者安全に関わる複数の要因を同様の手法で今後検討、特許出願中
今回の研究では、コンピュータ処理技術を用いて、インシデントレポート内の自由記載欄の言語的特徴の解析によって重症度を評価するという意志決定支援ツールの開発を行った。「ツールの開発により重症を定量化したことだけでは、直接的に安全を測定できたと考えていない。しかし、今後も患者安全に関わる複数の要因を同様の手法で解析を続け、それらの要因がどのようなバランスで相互に影響し合うかを検討することで、最終的に組織に内在する危険の量(リスク量)が測定できるようになるのではないかと考えている」と、研究グループは述べている。
なお、開発した技術に関して、日本および米国において特許出願中としている。
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