さまざまな遺伝病が知られる眼や脳、複数の機能を持つ遺伝子に注目
東京医科歯科大学は3月27日、多彩な眼の先天形成異常を示す新たな疾患を見出し、その原因が、遺伝子の突然変異によるmRNA形成の仕組みの阻害であることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大難治疾患研究所発生再生生物学分野の東範行博士(前 国立成育医療研究センター病院眼科診療部長・研究所視覚科学研究室室長)、仁科博史教授、国立成育医療研究センター分子内分泌研究部の深見真紀部長、システム発生・再生医学研究部の高田修治部長、東京工業大学生命理工学院の山口雄輝教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Human Molecular Genetics」にオンライン掲載されている。
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眼や脳はさまざまな組織で構成される複雑な臓器であることから、さまざまな遺伝病が知られているが、その多くは特定の機能を持つ遺伝子に異常が起こり、特定の組織や機能が障害されるというものである。このような限局的な障害が起こるのは1つの遺伝子が1つだけの機能を持つ場合であるが、1つの遺伝子が多彩な機能を持つこともある。
タンパク質の設計図である遺伝子は、通常は1つの遺伝子から1種類のタンパク質が作られるが、1つの遺伝子から複数のタンパク質が作られることがある。タンパク質が作られるには、遺伝子DNAから情報を読み取ってmessenger RNA(mRNA)が作られ、この情報に沿ってタンパク質の構成成分であるアミノ酸が連結し、タンパク質になる。このmRNAが作られる際に、RNAの必要な部分から不要な部分を切り取る作業(mRNA splicing)が行われるが、その組み合わせが異なると複数のmRNAが作られ、複数のタンパク質が作られる。これをsplicing variantsと言い、これが多ければ遺伝子の機能も多くなる。
眼の発生に関わるPAX6遺伝子の異常が家系内で多彩な症状を引き起こす例のない疾患
発生期に臓器の構造が作られる場合は、時間的空間的に形作りに関わる遺伝子が働くが、その多くはsplicing variantsを複数持っている。とりわけ、他の遺伝子の働きを司令する役割を持つ転写因子には、多くのsplicing variantsがある。なかでも、複雑な構造を持つ眼の形成においては、その全体を司令するmaster control遺伝子のPAX6が存在しており、80を超えるsplicing variantsがあることが知られている。このPAX6遺伝子に異常があると、眼のさまざまな組織(角膜、水晶体、虹彩、網膜、視神経)の形成が障害され、さまざまなタイプの先天異常が起こることが知られている。
今回、研究グループは特異的な症状を示す顕性遺伝(優性遺伝)形式の眼の先天異常家系を見出した。この家系ではPAX6の異常より遥かに多くの組織で多彩なタイプの先天異常が起こっていた。一般的には家系の中では同様の症状を示すことが多く、個人の左右の眼でも同様の症状であることが多いが、本家系では個人でも左右眼でも多彩な症状がさまざまな組み合わせで起こっていた。このような症状を示す疾患は過去に例がないので、variable panocular malformations(VPM)と名付け、原因解明の研究を行った。
原因遺伝子としてINTS15を同定、生命の維持に必須であり眼と脳で特に強く発現
遺伝子解析を行った結果、機能未知な遺伝子の変異が見つかり、最近になって、この遺伝子はIntegrator complex subunit15(INTS15)と命名された。この遺伝子は、植物には存在しないが、全ての動物に存在していることがわかった。この遺伝子の働きが障害されるノックアウトマウスを2系統作製したところ、ヒト疾患に類似した症状がみられ、遺伝子障害が強いほど症状も強く多彩であり、原因遺伝子であることが示された。また、体内の各臓器でこの遺伝子からmRNAやタンパク質が作られて(発現して)いるかを検討したところ、全ての臓器で働いていたが、眼と脳ではとりわけ強く働いていることがわかった。
さらに、培養細胞の中でこの遺伝子の働きを止めたところ、細胞は速やかにアポトーシス(プログラム化された細胞の自殺)に至ったことから、INTS15は生命の維持に欠かせない遺伝子であることがわかった。
眼と脳の形成に関わる遺伝子のmRNAsplicingにおいて重要な働き
細胞内でこの遺伝子産物と共同に働くタンパク質を検討したところ、Integrator complexが同定された。Integrator complexはmRNAのsplicingにおいて重要な働きをしている。Integrator complexは14種類の小タンパク質(subunit)、INTS1-14からなると考えられていたが、この遺伝子産物が15番目の構成タンパク質であることがわかった。この遺伝子INTS15の働きを低下(発現を抑制)させた細胞内では、さまざまな遺伝子で異常なsplicing variantsが形成された。したがって、このINTS15がmRNA splicingに重要な役割を果たしていることが証明された。細胞内でこの遺伝子INTS15の働きを低下(発現を抑制)させたところ、発生期に眼と脳の形成に関わる遺伝子、とりわけ多くのsplicing variantsを持つ転写因子に大きな影響があった。
研究グループは過去にヒトiPS細胞から培養皿の中で眼と脳の細胞を作ることに成功していた。今回、この実験系を用いて、眼と脳に分化する段階でINTS15の働きを低下(発現抑制)したところ、組織の形成が悪くなり、これらの形成に関わる転写因子の働き(発現)が低下した。したがって、ノックアウトマウスだけでなく、培養細胞でもこのINTS15が眼と脳の形成に重要であることがわかった。
今回、新しい疾患概念VPMが提唱され、その原因遺伝子の機能が明らかになった。「新しい眼の難治疾患が見つかり、新たな発生機転が明らかになったことは大きな意義がある」と、研究グループは述べている。
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・東京医科歯科大学 プレスリリース