速筋タイプを誘導する因子はほとんど知られていなかった
筑波大学は3月24日、宇宙飼育マウスの骨格筋で発現している遺伝子を解析し、大Maf群転写因子(Mafa、Mafb、Maf)と呼ばれる3種類の遺伝子の発現が顕著に上昇していることを発見したと発表した。この研究は、同大医学医療系/トランスボーダー医学研究センター 再生医学分野の藤田諒助教(卓越研究員)、同・遺伝子改変マウス分野の高橋智教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」にオンライン掲載されている。
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骨格筋は筋線維(骨格筋細胞)と呼ばれる細長い線維状の細胞が束になった組織。骨格筋は収縮特性や代謝特性に応じて、遅筋タイプ(I型、赤筋)と速筋タイプ(II型、白筋)の骨格筋線維タイプに大別される。実際の筋組織には異なるタイプの筋線維がモザイク状に入り混じっており、この比率によって、遅筋タイプか速筋タイプかに分類される。さらに、タイプIIの速筋タイプは、IIa、IIx、IIbに細かく分類され、表記の順に速筋タイプの特性が徐々に強まっていくと考えられている。この分類方法は、筋線維に発現するミオシン重鎖(Myosin Heavy Chain、MyHC)というタンパク質の種類によって決定されている。成体のげっ歯類では、4種類のミオシン重鎖タンパク質(MyHC I、IIA、IIX、IIB)が発現しており、筋線維タイプと対応している。
筋線維タイプは環境要因によって変動することがわかっており、加齢に伴い骨格筋線維タイプは一般に遅筋化の方向に向かっていくことが示唆されている。一方、不活動の状況では速筋化が誘導されることが知られている。そして、筋線維タイプ組成の比率は、運動パフォーマンスや疲労抵抗性に関わるだけでなく、糖尿病の発症や遺伝性筋疾患の進行にも大きな影響を及ぼすことが知られている。このことは、筋肉量だけでなく、筋肉の質がサルコペニアや筋疾患の予防や治療にいかに重要であるかを表していると言える。しかし、これまでタイプI筋線維を誘導する非常に強力な因子が同定されていたものの、速筋タイプ(IIa、IIx、IIb)を誘導する因子はほとんど知られていなかった。このため研究グループは、速筋タイプを誘導する因子を同定することで、筋の質変化によるサルコペニアをはじめとした筋疾患治療介入などに結びつけることを目指している。
大Maf群転写因子の発現が宇宙滞在で顕著に上昇することを発見
研究グループは今回、速筋化が強く惹起される条件下で発現が誘導される転写因子に着眼した。宇宙航空研究開発機(JAXA)と共同で宇宙実験を行い、マウスを約1か月、宇宙環境下で飼育した。宇宙飼育マウスは筋肉の萎縮と速筋化が生じることが古くから知られている。この宇宙飼育マウスの骨格筋から得られた網羅的遺伝子発現解析データを用いて、大Maf群転写因子(Mafa、Mafb、Maf)の発現が宇宙滞在によって顕著に上昇することを発見した。
大Maf群転写因子の全欠損でタイプIIb線維がほぼ消滅、IIx・IIa線維のみで構成の筋肉に変化
次に、大Maf群転写因子の機能を明らかにするために、大Maf群転写因子を構成するMafa、Mafb、Mafをそれぞれ欠損するノックアウトマウスを作製し、骨格筋量や筋線維タイプの比率を比較した。しかし、どの大Maf群転写因子を欠損しても、骨格筋量や筋線維タイプの比率は野生型マウスと比較してほとんど変化はなかったという。
これを受けて研究グループは「それぞれの大Maf群転写因子は異なった遺伝子としてコードされていても構造的によく似ており、機能的にそれぞれが互いを相補的に補完しているため、1つずつを欠損しただけでは骨格筋に大きな変化は出ない」という仮説を立て、Mafa、Mafb、Mafの3種類を全て同時に欠損する3重ノックアウトマウスを作製した。すると、大Maf群転写因子を全て欠損した骨格筋では速筋タイプのうち、タイプIIb線維のみがほぼなくなり、代わりにタイプIIx、IIa線維のみで構成される筋肉へと変化していたという。
大Maf群全欠損マウス、発揮できる筋力が低下した一方で長距離走の成績は上昇
また、速筋の性質が最も強いIIb線維がなくなったことで、3重欠損マウスが発揮できる筋力は低下した一方、長距離走の成績は反対に上昇したという。この結果は、筋肉の質的変化が個体の身体パフォーマンスに大きな影響を及ぼすことを示唆している。
このことから、大Maf群転写因子が直接的にタイプIIb筋線維を作り出す主要な因子ではないかと考え、ヒラメ筋にMafa、Mafb、Mafをそれぞれ過剰発現させた。ヒラメ筋は本来、タイプIIb筋線維をほとんど持たないが、各大Maf転写因子を過剰発現することで、タイプIIb筋線維を誘導することに成功。さらに、この分子メカニズムとして、各大Maf転写因子は直接Myh4(MyHC IIBに対応する遺伝子)の発現制御領域にある特異的な配列(MARE配列)に結合し、遺伝子発現を誘導していることを証明した。また、大Maf群転写因子はMyHC IIBのみを特異的に誘導する作用を持ち、他のMyHCの遺伝子発現制御には関与していないことが判明した。
大Maf群転写因子群が、タイプIIb線維を直接作り出せる因子であることを証明
これらのことから、大Maf群転写因子群が速筋線維タイプの一つであるタイプIIb線維を直接作り出すことができる非常に強力な因子であることが証明された。同成果により、加齢に伴う遅筋化の予防に加えて、すでに遅筋化してしまった筋肉を速筋の組成が高かった若い頃の筋肉へとリプログラムする新たな介入が可能になるという。
サルコペニアの予防・治療、アスリートの筋力向上、食肉の肉質制御などに応用の可能性
今回の研究により、骨格筋の質を制御する主要因子が一つ明らかとなった。今後、現代日本の大きな社会問題となるサルコペニアの予防・治療として、骨格筋量だけでなく、骨格筋の質を変化させることに着眼した戦略がより大きな注目を集めると考えられる。また、タイプIIb筋線維の直接誘導方法の開発は高齢者のみならず、健常者や、より強く素早く収縮する筋肉を鍛える必要のあるアスリートにも大きな影響を与える可能性がある。さらに、近年大きな注目を集める培養肉をはじめとする食肉の肉質制御に応用できる可能性もある。
今後は、マウスだけでなくヒト骨格筋細胞でも大Maf群転写因子によって、タイプIIb筋線維を誘導できるかどうかを明らかにしていく。ヒトや大型の哺乳類ではタイプIIb筋線維をほとんど発現していないことが知られているが、大Maf群転写因子の発現を調整することにより、ヒトを含むタイプIIb筋線維を発現しない細胞でも、タイプIIb線維を作成可能だと考えている。また、タイプIIb筋線維だけでなく、タイプIIaやIIxを直接誘導する転写因子もあると仮説を立て、これらの因子の探索も開始している。今後も骨格筋の質の変化を通して人類の健康や営みの改善に貢献していきたいと考えていると、研究グループは述べている。
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・筑波大学 TSUKUBA JOURNAL