過剰なミトコンドリアCa2+蓄積、筋萎縮や崩壊への影響は?
東北大学は3月20日、モデル生物線虫C. elegansの筋細胞ミトコンドリアのCa2+濃度を可視化する実験系を導入し、加齢や疾患に伴うミトコンドリアCa2+濃度と筋機能の関連を解析した結果、加齢に伴うミトコンドリアCa2+濃度の上昇が、ミトコンドリアの断片化と退縮を引き起こすことを見出したと発表した。この研究は、同大大学院生命科学研究科の東谷篤志教授、寺西美佳助教、名古屋大学大学院医学系研究科の小林剛講師、東北大学医学系研究科・医工学研究科の阿部高明教授らをはじめとする国際的な共同研究グループによるもの。研究成果は、「The FASEB Journal」に掲載されている。
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加齢に伴う骨格筋量の減少は、一次性サルコペニアと呼ばれ、高齢化社会における深刻な問題となっているが、その発生機序の詳細は不明な点が多くある。また筋ジストロフィー症は骨格筋の変性壊死が生じる遺伝性の筋疾患であり、国指定の難病であるが、現時点での根本的治療薬はない。健康寿命の延伸のために、これら筋萎縮の予防・治療薬の開発が切望されている。
筋の萎縮や崩壊の原因として、加齢や疾患に伴うミトコンドリア障害が関与することが知られており、またミトコンドリア障害に起因する細胞内Ca2+濃度の上昇が筋崩壊をもたらすことをこれまで報告してきた。ミトコンドリアのCa2+濃度は、細胞内Ca2+濃度に依存して変化することが知られており、ミトコンドリアの機能を制御する重要な因子である。適切なCa2+濃度ではミトコンドリア機能が活性化するが、過剰なCa2+蓄積は活性酸素種の誘導や細胞死を引き起こすことが知られている。しかし筋細胞はその動きに伴って細胞内Ca2+濃度が大きく変動することが知られており、常に変動する細胞内Ca2+がミトコンドリアCa2+にどのような影響を及ぼすのかは不明だった。
線虫を用いることで筋細胞のミトコンドリアCa2+を顕微鏡下で観察可能に
筋細胞においてミトコンドリアCa2+の検出が難しい理由として、動物の骨格筋は複数の細胞が融合した複雑な構造をとるため、細胞内構造の観察が難しい点があげられる。それに対してモデル生物である線虫C. elegansは、基本構造が動物の骨格筋と類似しているが構造がシンプルな体壁筋細胞を有しており、生きたまま顕微鏡下での観察が可能である。また線虫もヒトと同じように加齢に伴い筋機能が低下することが知られているが、細胞の再生能力がないため、筋細胞の老化過程に焦点を合わせた解析が可能である。さらに寿命が約1か月と短いことから、老化研究を行う際に有用なモデル生物である。
加齢に伴いCa2+は蓄積、マイトファジーによる蓄積部位の分解を確認
そこで今回の取り組みとして研究グループは、モデル生物線虫を用い、筋細胞ミトコンドリアにCa2+濃度に応じて蛍光強度が変化するCa2+センサータンパク質を発現させ、筋細胞におけるミトコンドリアCa2+と細胞質Ca2+の同時ライブ観察を行った。また加齢に伴うCa2+濃度変化をイメージングにより解析した。その結果、線虫筋細胞においてミトコンドリアCa2+は細胞質Ca2+に非常によく連動して変化しており、また加齢に伴いミトコンドリアCa2+濃度は上昇することが明らかになった。さらにCa2+蓄積部位はミトコンドリアの選択的分解機構であるマイトファジーによって分解されることが明らかになり、このマイトファジーによる分解が、加齢に伴うミトコンドリアの断片化と退縮の原因であると考えられた。
Caユニポーター変異体、加齢によるCa2+濃度上昇は認められず運動性の低下も軽減
そこでミトコンドリアへのCa2+流入を担うカルシウムユニポーターmcu-1の変異体を用いて解析したところ、加齢に伴うミトコンドリアCa2+濃度の上昇は認められず、ミトコンドリアの断片化と退縮が抑制された。さらにmcu-1変異体線虫は、中間寿命が延び、加齢に伴う運動性低下とミトコンドリア機能低下が軽減された。この効果は、ミトコンドリアカルシウムユニポーターの阻害剤として知られるRu360処理でも同様に見られ、ミトコンドリアCa2+蓄積を阻害することにより、加齢に伴う筋機能の低下を軽減できることが明らかになった。
DMD病態モデル線虫もCaユニポーター阻害で運動性改善、治療薬開発の新規ターゲットに
さらに筋細胞のCa2+制御機構の異常により病態が引き起こされることが報告されているデュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne musculardystrophy:DMD)の病態モデル線虫を用いた解析を行った。その結果、DMDモデル線虫においては、若い段階からミトコンドリアCa2+が異常蓄積しており、ミトコンドリアが断片化し、消失していた。DMDモデル線虫においても、ミトコンドリアカルシウムユニポーターの阻害によりミトコンドリアの断片化と消失が軽減され、運動性が改善することが明らかになった。またミトコンドリアへのCa2+蓄積を抑制したところ、細胞質Ca2+の上昇も抑制されており、ミトコンドリアの機能改善により筋細胞のCa2+制御機構の正常化が起こったと考えられた。
結論として、ミトコンドリアへのCa2+流入を阻害することで、加齢線虫やDMDモデル線虫において、筋細胞ミトコンドリアの断片化と退縮が抑制され、筋機能低下が軽減されることが明らかになった。近年、DMDの新規治療薬として、細胞質Ca2+を筋小胞体にもどすSERCAの活性化剤が開発されており、細胞質Ca2+の蓄積を抑制することがDMDの病態改善に効果的であると報告されている。今回の研究成果において、DMDモデル線虫のミトコンドリアCa2+異常蓄積の抑制によっても細胞質Ca2+の上昇が抑制されており、DMD治療薬開発の新たなターゲットとしてミトコンドリアCa2+蓄積阻害を提示するものである。またミトコンドリアCa2+蓄積の抑制は、通常の加齢個体でも筋機能低下を軽減したことから、ヒトにおいても健康寿命の延伸につながる骨格筋減少の予防薬の開発ターゲットにもなりうると考えられる。
これまでの知見を合わせて解析を進め、相加的な改善効果を見出すことに期待
これまでに、ミトコンドリア病治療薬候補化合物であるMA-5がDMDモデル線虫の症状緩和に機能することを発表してきた。「今後、本研究において見出したミトコンドリアCa2+蓄積とMA-5の治療効果の関連性に関して解析を進めることで、ミトコンドリア障害に起因する障害や疾患に対し、相加的・相乗的な改善効果をもたらすアプローチを見出していく足掛かりになると期待される」と、研究グループは述べている。
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・東北大学 プレスリリース