卵巣高異型度漿液性がんのプラチナ抵抗性と腫瘍内多様性、エピゲノムを司る分子との関連は?
大阪大学は3月1日、卵巣高異型度漿液性がんの組織中に存在するSMARCA4低発現かつSMARCA2高発現の特殊ながん細胞群が、プラチナ抵抗性に寄与していることを世界で初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科・病態病理学博士課程の城戸完介氏、野島聡准教授、森井英一教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「The Journal of Pathology」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
卵巣がんは早期発見・早期治療が難しく、致死率の高い、女性特有のがん。卵巣がんにはいくつもの種類があるが、世界的に、高異型度漿液性がんというタイプが最も多くなっている。高異型度漿液性がんの治療においては、がん細胞が標準治療薬のプラチナ系抗がん剤への耐性を獲得する現象がしばしば観察されるが、このような場合に有効な治療法はいまだ確立されていない。
一人ひとりの患者に生じた1つのがん組織を構成するがん細胞は、さまざまな性格を持つ多彩ながん細胞が混じり合って存在していることが知られている。これは腫瘍内多様性と呼ばれ、がんが抗がん剤耐性を生じる一因であるとも考えられている。この腫瘍内多様性の形成にはゲノムそのものが変化することだけでなくゲノムを修飾するエピゲノムという因子も重要であるということが近年明らかになりつつある。しかし、卵巣高異型度漿液性がんのプラチナ抵抗性と腫瘍内多様性、エピゲノムを司る分子との関連についてはいまだ解明されていない点が多くある。
今回、研究グループは、遺伝子発現をエピジェネティックに制御するSWI/SNF複合体のATPaseドメインを担う2つの分子SMARCA4(BRG1)、SMARCA2(BRM)に着目し、これら発現パターンによって高異型度漿液性がんの組織中に存在するがん細胞を性格づけようと試みた。
プラチナ抵抗性再発群、SMARCA4低発現かつSMARCA2高発現がん細胞数が多い
患者から手術によって採取された卵巣高異型度漿液性がんの病理組織標本を用いて標準的な免疫組織化学による検討を実施。その結果、プラチナ抵抗性再発を来した症例群ではSMARCA4の発現が低く、SMARCA2の発現が高いという傾向があることがわかった。
次に、チラミドシグナル増幅法という技術を用いた蛍光多重免染色システムを応用し、これらのがん組織を構成するがん細胞のSMARCA4とSMARCA2の発現パターンを同一切片上で、かつ1細胞レベルで詳細に評価。その結果、プラチナ抵抗性再発群ではSMARCA4低発現かつSMARCA2高発現という発現パターンを示すがん細胞の数が多いことがわかった。
FGFシグナル・MAPK経路の活性化、抗アポトーシス分子発現上昇でプラチナ抵抗性を生じる
続いて、がん細胞株を用いて分子生物学的な手法により仮説を検証した。すなわち、SMARCA2発現プラスミドベクターの安定導入と低分子干渉RNA(siRNA)によるSMARCA4のノックダウンとを併用することでSMARCA4低発現かつSMARCA2高発現の性質をもつ高異型度漿液性がん細胞株を作製し、これらの細胞が最も高いカルボプラチン耐性を示すことを証明した。
作製した細胞株を用いたRNAシークエンス(RNA-seq)とオープンクロマチン解析(ATAC-seq)、およびパブリックデータベースの再解析といったバイオインフォマティクスの手法を駆使することで、これらの特殊な細胞群においては、線維芽細胞増殖因子(FGF)シグナルが活性化していることを明らかにした。細胞実験による検証を経て、今回発見された細胞群はFGFシグナルの活性化、マイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)経路の活性化、および抗アポトーシス分子の発現上昇を通じてプラチナ抵抗性を生じているものと結論付けた。
FGF受容体阻害薬+プラチナ系抗がん剤、動物実験で効果を確認
実際、培養ディッシュ内あるいは免疫不全マウスを用いた皮下移植モデルによる治療実験では、FGFシグナルを阻害するFGF受容体阻害薬ペミガチニブとプラチナ系抗がん剤カルボプラチンとの併用療法が、今回発見したがん細胞集団に対して効果的であることが証明された。
治療抵抗性予測システムや、新しい組合せの併用薬物療法開発に期待
同研究成果により、卵巣がんのプラチナ抵抗性に寄与する特殊ながん細胞群と、これらの抗がん剤耐性を規定する分子メカニズムが明らかになった。今回発見された特殊ながん細胞を測定対象とすることで、患者の卵巣がんが再発する前にプラチナ系抗がん剤の効果を予測する新しい診断システムの確立が期待される。また、このような性質のがん細胞が増加してプラチナ抵抗性を来した卵巣がんに対し、FGFシグナルを標的に取り入れた新しい組合せの併用薬物治療が開発されることも期待される、と研究グループは述べている。
▼関連リンク
・大阪大学 ResOU