「期待外れ」に対して活動が増すようなドーパミン細胞は存在するのか?
京都大学は3月13日、「期待外れ」が生じても目標に向けて努力し続けられる脳の仕組みを解明したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科 SKプロジェクトの小川正晃特定准教授(元生理学研究所)、石野誠也特定助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Science Advances」に掲載されている。
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ヒトは、現状より高い目標達成を目指す途中で上手く行かず期待外れが生じても、それを乗り越えようと努力し続けることができる。ヒト以外の動物も、すぐには成功しない採餌行動や求愛行動において、期待外れを乗り越えることができなければ、生存や繁栄に影響する。このように、普遍的に重要であるにも関わらず、期待外れを乗り越える機能を支える脳の仕組み、その神経メカニズムは不明だった。
ドーパミン神経細胞は意欲(やる気)に重要だ。従来の研究から、ドーパミン細胞の活動は、思ったよりも上手く行くと増える(ドーパミン放出量も増える)一方、期待外れが生じると減る(ドーパミン放出量も減る)ことが知られていたが、この活動では期待外れを乗り越える能力は説明できなかった。そこで研究グループは今回、これまで未知の「期待外れに対して活動が増すようなドーパミン細胞」が存在するのではないかという仮説を立て、研究を行った。
ラットで「期待外れが生じた直後に活動が増すドーパミン細胞」を発見
まず、得られるかどうかが不確実である確率的な報酬(甘い水)を、ラットが能動的に求め続けるように訓練した。その結果、ラットは、たまたまその報酬が得られずに期待外れが生じても、その後に次の報酬獲得に向けて行動を切り替えることができたという。
さらに、その行動をしている最中のラットのドーパミン神経細胞の活動を、オプト電気生理学法とカルシウムイメージング法で、確実にドーパミン細胞であることを確認しながら、ミリ秒〜秒単位の時間精度で計測した結果、「期待外れが生じた直後に活動が増すドーパミン細胞」を見出すことに成功した。
側坐核へのドーパミン神経回路の活動を人工的に刺激、期待外れを乗り越える行動の駆動に成功
このようなドーパミン細胞は、計測を行った中脳の部位(腹側被蓋野の外側部)におけるドーパミン細胞の約半数程度という高い割合で見つかった。また、最新のドーパミン量計測法を用いて、そのドーパミン細胞の投射先である線条体(側坐核)という脳の部位で、期待外れが生じた直後にドーパミン量が増加することを見出した。
さらに、光遺伝学法を用いて、期待外れが生じる瞬間に、その側坐核へのドーパミン神経回路の活動を人工的に刺激したところ、期待外れを乗り越える行動を駆動することに成功した。以上より、期待外れを乗り越える機能を支える新しいドーパミン神経細胞と、その神経回路が明らかになった。
精神・神経疾患の理解や治療法開発につながることに期待
今回の研究成果は、意欲機能におけるドーパミンの新たな役割を解明し、意欲を支える脳の仕組みの常識を変える革新的なものと言える。期待外れを乗り越える能力を支える神経細胞と神経回路が実在するという同成果は、将来的に、意欲が異常に低下するうつ病や、逆に異常に亢進する依存症など、さまざまな精神・神経疾患の新たな理解や治療法の開発につながることが期待される。また、生涯を通した主体的な学びや自己啓発など、ヒトが日常的に行っている「高み」を目指す精神的営みにも重要な示唆を与えた。
「今後、今回見出した新しいドーパミン細胞がどのような状況に対して活動を調節するのか、またその活動を生み出すメカニズムなどについて、さらなる研究を進めていく」と、研究グループは述べている。
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