一定の強度と柔軟性を併せ持った吸収性縫合糸、試作品の開発に成功
名古屋大学は3月10日、新しい素材でこれまでにない特性を持った吸収性モノフィラメント縫合糸を作ることに成功したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科人間拡張・手の外科学の村山敦彦病院助教、米田英正助教、山本美知郎教授および個別化医療技術開発講座の平田仁特任教授らの研究グループと、三菱ガス化学株式会社、株式会社河野製作所との産学共同研究によるもの。研究成果は、「Scientific Reports」電子版に掲載されている。
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手術用縫合糸はモノフィラメント縫合糸とブレイド縫合糸に分類され、各々がさらに生体非吸収性と吸収性に分類される。皮下に埋められた縫合の場合は、滑らかな表面が組織の損傷を減らして残留する異物を避けるため、生体吸収性モノフィラメント糸が好まれる。しかし、既存製品は柔軟性に欠け、結び目が緩みやすく大きくなるという問題点がある。多くの外科医にとって、結節安定性や操作性に優れた吸収性モノフィラメント縫合糸はアンメットニーズを満たすものであり、以前より開発が求められていた。一方、吸収性モノフィラメント縫合糸市場は規模が大きいものの、海外の極少数の製品が市場を占有しており、日本も海外製品に頼っているのが現状だ。
PHAは、主にグルコースを炭素源として微生物の体内で合成される生分解性プラスチック。その分解によって生じる3HBや4HB等のヒドロキシ酸は、ヒトを含む生体内に広く存在し、最終的には水と二酸化炭素に分解されるため、生体適合性が高いという特徴を持つ。現在、P(4HB)を用いた医療機器は上市されているが、既存製品の課題を克服するには至っていない。
一方、3HBと4HBの割合を変化させることで柔軟な特性を持つことは知られていたが、これらの共重合比率を一定に保ちつつ、かつ高分子量のポリマーを安定して培養するには技術的に困難であること、また、紡糸法に課題があったことから、これまでP(3-ヒドロキシブチレート-co-4-ヒドロキシブチレート、以下、3HB-co-4HB)を用いた医療機器は開発されていない。そこで研究グループは今回、P(3HB-co-4HB)の精製法や紡糸法を独自に確立し、一定の強度と柔軟性を併せ持った吸収性縫合糸の試作品を作製した。
既製品に比べ、強さは劣るが伸縮性・柔軟性ともに「高」
まず、この試作品に関する物理学的な特性(引っ張り強さ、破断時の伸び、弾性率、分子量の測定など)を既存製品と比較した。強さの点では劣るものの、伸展させると初期長のおよそ2倍の長さまで伸び、力を緩めると初期長近くまで戻ることが判明した。
ラットで物理学的特性を検証、既製品より緩やかに分解され結び目は解けにくいと判明
次に、試験管内(in vitro)およびラット生体内(in vivo)における分解試験を実施し、物理学的な特性の変化を確認した。生体内で16週間経過した縫合糸の強さは初期値の63%を維持しており、既存製品よりも緩やかに分解されることがわかった。また、試作品の結び目の大きさや解けにくさ(結節安定性)の評価を行ったところ、既存製品に比べて明らかに結び目は小さく、解けにくいことがわかった。
ブタで性能を検証、縫合部の離開・感染・腹壁瘢痕ヘルニア無しで炎症は「小」
さらに、試作品の性能評価として、ブタの腹壁縫合試験を実施。縫合後7週の時点で縫合部の明らかな離開や感染は認めず、腹壁瘢痕ヘルニアは生じていなかった。また、縫合部周囲の腹壁組織のHE染色では、既存製品に比べ、炎症が小さいことが示唆された。
縫合糸に限らず、人工靭帯や人工神経など再建用デバイスへの応用も想定
今回の研究により、同製品は伸縮性、柔軟性、生体適合性に富んでおり、結び目が小さく解けにくいという利点と中長期的な生体吸収性を併せ持つ「革新的な縫合糸」であることが判明した。既存の吸収性モノフィラメント縫合糸に代わる安全な手段であり、広範囲に適応できる可能性がある。特に脆弱な柔らかい組織を縫合する際に、その効果を発揮することが期待される。将来的には形状を変化させることで、結紮を必要としない糸を作ることも可能だという。
「P(3HB-co-4HB)は縫合糸に限らず、人工靭帯や人工神経などの柔軟な組織の再建用デバイスへの応用も想定されており、医療機器への幅広い展開が期待される」と、研究グループは述べている。
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