術後腎機能障害の発症に、術中の貧血による腎臓への酸素供給量の低下が関係
順天堂大学は3月9日、人工心肺による補助のもとで心臓血管外科手術を施行される患者に対し、酸素供給量を指標に人工心肺の灌流量を調節することで術後の急性腎障害の発症を抑制できることを確認したと発表した。この研究は、同大医療科学部臨床工学科の向田宏講師、同大学院医学研究科心臓血管外科学の松下訓准教授、天野篤特任教授らの研究グループが行ったもの。研究成果は、「The Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery」に掲載されている。
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心臓手術の際は心臓や肺の代わりとなる「人工心肺」を使用し、酸素が豊富に含まれた血液を全身へ送り出す。そのため、臓器が必要とする酸素を適切に届けるためには人工心肺から送り出す血液の「量」と「濃さ」が非常に重要となる。これまで人工心肺の灌流量の管理は、体表面積から算出された灌流量を一定に保つ管理方法が一般的に行われてきたが、時に術後の腎機能障害を発症することが報告されていた。その原因として手術中の貧血による腎臓への酸素供給量の低下が関係することが明らかになっている。つまり一定に灌流量を保つ場合、手術の出血などから貧血の状態になると相対的に酸素供給量が低下してしまう。このような場合には、酸素供給量を確保するために灌流量を増加することが臓器保護にとって重要であることが示唆されている。輸血も一つの方法であるが、合併症などのリスクを考えると灌流量を増加する方がより安全かつ簡便と考えられる。
これまでも海外では従来の体表面積から算出した一定の灌流量を維持する人工心肺管理と、組織に送り出される酸素供給量を指標に灌流量を調節する新しい人工心肺管理のどちらが術後の腎機能に有利であるかの比較検討は行われていた。しかしながら、人工心肺中に貧血になりやすいとされる体格が小柄な患者での検討はされていなかった。そこで、研究グループは、日本国内の症例を対象に検証を行った。
酸素供給量を指標に灌流量を調節する新しい人工心肺管理を、患者300人対象で検討
同大医学部附属順天堂医院で人工心肺補助下に心臓血管外科手術を施行された患者300人を対象とし、人工心肺中の灌流量を体表面積から算出しそれを維持する従来群と、酸素供給量が300mL/min/m2以上になるように灌流量を調節させる灌流量調節群に無作為に割り付けるランダム化比較試験を行った。手術終了時、術後1日目、術後2日目に腎機能分類であるKDIGO分類を用いて急性腎障害の発症の有無を評価した。
術後の急性腎障害発症率は従来群30.4%、灌流量調節群14.6%
その結果、術後の急性腎障害発症率は従来群では30.4%、灌流量調節群では14.6%と灌流量調節群において有意に低く、発症リスクが0.48倍に低下することが明らかになった。以上の結果から、酸素供給量を指標に灌流量を調節する新しい人工心肺管理は、術後の急性腎障害の発症を抑制することが明らかになった。
人工心肺中の貧血が進行するほど、灌流量調節群での急性腎障害発症率は低い
加えて貧血の指標であるヘマトクリット値と急性腎障害の関係について分析したところ、人工心肺中の貧血が進行するほど灌流量調節群では急性腎障害の発症率が低いことがわかった。これは、貧血による酸素供給量の低下を灌流量の増加で補えることを示唆しており、この灌流量を調節する新しい人工心肺管理は、貧血の状態ではより有効であることを示している。
新しい人工心肺管理は、輸血量の低減にも寄与する可能性
人工心肺中の酸素供給量を一定以上となるように灌流量を調節する新しい人工心肺管理が有用であることを示した今回の研究結果は、最適な人工心肺管理を確立する上で臨床的意義は高いと考えられる。さらに、血液が薄まりやすく貧血が進行しやすい人工心肺という環境下では、術後の急性腎障害の予防にのみならず、輸血量の低減にも寄与する可能性がある。「今後、本研究が心臓血管外科手術における合併症の軽減を目指す至適人工心肺管理の新たなエビデンスに役立てられることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・順天堂大学 プレスリリース