脳と脊髄は脊髄損傷後も機能を保持、再結合で運動機能が回復する可能性
東京都医学総合研究所は3月7日、大脳皮質-脊髄間をつなぐ神経経路である皮質脊髄路の役割を持つ皮質脊髄路インターフェイスを開発し、それを用いることで脊髄損傷モデルサルの麻痺した手の力の調整能力を再獲得させることに成功したと発表した。この研究は、同研究所脳機能再建プロジェクトの尾原圭大学院生(新潟大学大学院医歯学総合研究科博士課程4年)と西村幸男プロジェクトリーダー(同研究科客員教授)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Frontiers in Neuroscience」に掲載されている。
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私たちは日常生活の中で、重い物体を持ったり、柔らかい物体を持ったりする際には、その物体の重さや柔らかさに見合った力の調節を行っている。この力の大きさは皮質脊髄路という大脳皮質と脊髄をつなぐ神経経路の活動の量によって調節されている。脊髄損傷等によってこの皮質脊髄路が切断されると、この大脳皮質からの信号が脊髄・筋に伝わらないため、力の生成と調節を行う能力を失ってしまう。
しかし、脊髄にある損傷部の上位にある大脳皮質と下位にある脊髄と筋は、損傷しておらずその機能を失っていない。よって、損傷を免れた大脳皮質と脊髄を再結合させることができれば失われた運動機能を回復できる可能性がある。
自分の意思で電気刺激のタイミングや強さを調節し、筋活動を誘発する仕組みが必要
先行研究から、あらかじめ決められた刺激の強度と周波数で脊髄を電気刺激することで、筋を支配している脊髄内の神経細胞を活性化させることができ、筋活動が誘発できることが報告されている。しかしながら、このようなあらかじめ決められた刺激の強度と周波数での電気刺激法では力を出すタイミングや大きさを自分の意思で調節できない。よって、脊髄損傷等で運動麻痺を呈する者の力の調節能力を回復させるためには電気刺激のタイミングや強さを自分の意思で調節するための仕組みが必要である。
大脳皮質の神経細胞の活動を脊髄への電気刺激に変換する、皮質脊髄路インターフェイス
今回の研究では、力の調節能力を担っている皮質脊髄路の機能を持ったコンピューターによる皮質脊髄路インターフェイスを開発した。この皮質脊髄路インターフェイスは、大脳皮質の神経細胞の活動の程度(発火率)を脊髄への電気刺激の刺激強度と刺激周波数にリアルタイムに変換することを実現する。この皮質脊髄路インターフェイスの、麻痺した手の力の調節能力に対する有効性を脊髄損傷モデルサルで検証した。
脊髄損傷モデルサルで麻痺していた手首関節の力の大きさの制御が可能に
皮質脊髄路インターフェイスの有無で、脊髄損傷モデルサルが自分の意思で力の調節能力の違いを比較することで、皮質脊髄路インターフェイスの有効性を検討した。皮質脊髄路インターフェイスを適用していない際には、脊髄への電気刺激がないために手の筋活動が生成されず、脊髄損傷モデルサルの手は麻痺したままだった。皮質脊髄路インターフェイスを適用すると、要求される力の大きさに合わせて、皮質脊髄路インターフェイスの入力信号として使われている運動野の神経細胞に、その活動の変調が観察されるようになった。その神経細胞活動の変調により、脊髄刺激の強度と周波数が調節され、要求された力の大きさに依存して麻痺していた手首関節の力の大きさの制御ができた。力の大きさに関連した活動を示す神経細胞の数は皮質脊髄路インターフェイスを適用する前に比べて2.6倍に増加した。また、要求された力の大きい場合にその数がより増大した。このように、皮質脊髄路インターフェイスを適用することで一次運動野の神経活動の変調が観られ、それにより制御された脊髄への電気刺激により、脊髄損傷モデルサルは自分の意思で麻痺した手の力の程度の調節能力を取り戻せることが示された。
「今回開発した皮質脊髄路インターフェイスを用いることで、脊髄損傷による運動麻痺を持つ患者が、再び自分の身体を使って、物体の重さや柔らかさに合わせた力の調節能力を取り戻せるようになることが期待される」と、研究グループは述べている。
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