日常生活で生じる農薬曝露が腸内環境に影響するのか疫学的に調査
名古屋大学は2月24日、日常的な農薬摂取量と腸内環境指標の一つである便中代謝物量との間に関連性があることを疫学的に初めて示したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科オミックス医療科学の上山純准教授、平山正昭准教授、神経遺伝情報学の大野欽司教授、伊藤美佳子講師、西脇寛助教らの研究グループと、福岡大学医学部の坪井義夫教授、国立環境研究所の磯部友彦主幹研究員らの研究グループによるもの。研究成果は、「International Journal of Environmental Research and Public Health」電子版に掲載されている。
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現代の社会では多種多様な化学物質が利用され、生活に大きな利益をもたらしている。農薬も身近な化学物質として生活環境中に存在しており、微量ながら日常的に摂取していることは明らかだ。ヒトの健康に影響する農薬曝露の影響の有無、影響の大きさなどを疫学的アプローチで解明する取り組みが世界的に進んでおり、化学物質の健康へのリスクを継続的かつ多角的な視野で評価・管理する必要がある。
腸管内細菌叢に関する研究は、この10年で急速に研究が蓄積されており、最新の研究ではアンケートで収集できる情報のうち、便の性状スケール、性別、年齢、排便頻度が腸内細菌叢の変動因子として抽出したにもかかわらず個人差を10%程度しか説明できなかったことから、他の変動因子の存在が強く考えられている。一方、動物実験では化学物質曝露による腸内環境への影響を示す結果が次々と報告されている。日常的に曝露する化学物質がヒト腸内環境の変動因子の一つである可能性があることなどから、今後は化学物質が及ぼす腸内環境への影響を、疫学的アプローチで明らかにすることが求められている。そこで研究グループは今回、日常生活中で生じる農薬曝露が腸内環境に影響するか否か疫学的に調査することを目的として研究を行った。
「尿・便サンプル+アンケート」データで統計的解析、曝露と腸内細菌の関連を調査
まず、農薬の「有機リン系殺虫剤(OP)」「ピレスロイド系殺虫剤(PYR)」「グリホサート」を対象に、曝露指標は尿中曝露マーカーの高感度定量値を用いて、腸内環境の指標の一つである便中代謝物測定(短鎖脂肪酸類およびポリアミン類)および腸内細菌叢組成との関連を解析した。
調査対象者は一般生活者38人(69±10歳、平均値±標準偏差)とし、尿と便サンプルの収集および生活習慣に関するアンケートを実施した。アンケートで得られる共変量も加味した統計的解析を施すことで、曝露評価値と腸内環境評価値の間に関連があるか否かを確認した。
DAP/DMAP高濃度群、便中酢酸と乳酸濃度が有意に低下
OP、PYRおよびグリホサートの農薬曝露マーカーとして、尿中ジアルキルリン酸類(DAP)、ジメチルリン酸類(DMAP)、ジエチルリン酸類(DEAP)、3-フェノキシ安息香酸(3PBA)、グリホサートをそれぞれ高感度定量分析した。
中央値をカットオフ値として高濃度曝露群および低濃度曝露群に群分けし、便中代謝物類を比較(マンホイットニーU検定)したところ、DAPおよびDMAPの高濃度群では便中酢酸(p=0.046)および乳酸濃度(p=0.033)の有意な低下が見られた。一方、農薬曝露マーカーと便中プロピオン酸、酪酸、吉草酸、コハク酸、ポリアミン類、pHとの関連性は認められなかった。尿中DAP濃度(μmol/g creatinine)と便中酢酸濃度(r=-0.345)および乳酸濃度(r=-0.391)の間に有意な負の相関(p<0.05, Spearmanの順位相関係数)がみられた。
OP曝露が便中酢酸レベルの低下と関連し、中高年群の健康リスクに寄与している可能性
さらに、ステップワイズ重回帰分析(変数増減法)で便中酢酸濃度濃度(mg/g)の予測に寄与する説明変数を探索したところ、尿中DAP濃度(調整済み R2=0.751, p<0.001, β=-24.0, SE=4.9, t=-4.9)および一部の野菜摂取頻度が統計的有意に検出された。
OP曝露と、ある種の食事との関連を示唆する報告もあるが、同研究では尿中DAP濃度と野菜摂取頻度との間に有意な相関関係は検出されなかった。これらの知見は、OP曝露が独立して便中酢酸レベルの低下と関連し、中高年群の健康リスクに寄与している可能性を示唆するものと言える。
便中酢酸濃度低下の機序として、酢酸を産生する腸内細菌組成割合を確認したが、OP曝露との関連性はなかった。酢酸はビフィズス菌など多くの細菌が産生するため、その絶対的な細菌数の減少も考えられるが、同研究では検討できなかった。また、一部のOPは微生物活性や脂肪酸代謝に関連する酵素活性を抑制するとの報告があるため、これが便中酢酸濃度低下に関与している可能性があるが、いずれも推測の域を出ないとした。
別集団を対象とした再現性確認や、実験的アプローチによる機序解明が急務
今回の研究では機序の解明には至らなかったが、日常的な有機リン系殺虫剤の曝露が、腸管免疫制御などに寄与している便中酢酸濃度に影響することが、尿の高感度化学分析を用いることで疫学的に示唆された最初の調査となった。
「ヒトの腸内環境が宿主に長期的な影響を与えることを考えると、今後は子どもや妊婦を含む、より広い年齢層を対象とした研究が必要であり、別集団を対象とした本研究結果の再現性確認や、実験的アプローチによる機序解明が急がれる」と、研究グループは述べている。
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