「窃盗症」の科学的な研究はほとんど行われておらず、メカニズムは不明だった
京都大学は2月2日、窃盗症患者では、窃盗症を引き起こすと考えられる視覚的な手がかり刺激(スーパーマーケットなどの物品を盗む状況と関連する画像やビデオなど)に対し、健常者では見られないような視線の動きと脳活動の反応が見られることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院情報学研究科の後藤幸織准教授、同理学研究科の浅岡由衣博士課程学生、MRCラボクリニックの元武俊医師らの研究グループによるもの。研究成果は、「International Journal of Neuropsychopharmacology」にオンライン掲載されている。
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窃盗症(クレプトマニア・Kleptomania)は、物を盗みたいという衝動や欲求を制御できず、繰り返し窃盗をしてやめることのできない精神障害として、米国精神医学会の精神障害診断基準DSM-5では「Disruptive, Impulse-Control, and Conduct Disorders(秩序破壊的・衝動制御・素行症群)」に分類されている。万引きなどの犯罪で逮捕される人の中には、窃盗症による場合が少なくない。窃盗症による万引きの場合、刑罰を与えてもやめられないことから、適切な治療をすることが再犯を防ぐ鍵となる。しかし、窃盗症の科学的な研究はほとんど行われておらずメカニズムは不明で、治療も限定的だ。
一方で、行為嗜癖(行動依存症)は、不利益な結果になるとわかっていながらも特定の行動への衝動が抑えられず、何度も繰り返す精神障害だ。ギャンブル、インターネット、ゲームなどに対する依存は、覚せい剤やアルコールなどの物質を対象とする物質使用障害(薬物依存症)と同様のメカニズムが関わっているとされている。窃盗症も薬物依存症と似た症状があることから、依存症のひとつであると考えられているが、その知見は乏しいのが現状だ。
これまで、薬物依存症における強迫的な薬物追求は、薬物を摂取することによる快楽への渇望や、薬物がないことによる離脱への嫌悪といった感情的な問題で説明されてきたが、近年では薬物依存症は不適応な学習が成立してしまったために生じているものと考えられるようになってきている。過去の研究から、アルコール依存症では、アルコール摂取と同時に、摂取をしていた周りの環境を関連づけて学習してしまう結果、そのような環境(手がかり)の刺激が引き金となり、生体の反応の変化を伴う強い渇望を引き起こされることがわかってきた。
窃盗の手がかり刺激となる画像やビデオを提示し、目の動きや前頭前皮質領域の活動を測定
そこで研究グループは今回、薬物依存症と同様に、窃盗症でも症状に関連する手がかり刺激に対して不適応学習がなされた結果、行動や脳活動の反応が変化しているか調査した。
まず、窃盗症患者11人、健常者27人を対象に、窃盗への渇望を引き起こすと考えられるスーパーマーケットの風景や販売されている商品、それらとは関係のない外の風景などの画像やビデオを提示。対象者がこれらの画像やビデオを見ている際に、アイトラッキング装置を用いて、画像提示中の視線追跡や瞬き、瞳孔の変化の計測を行い、機能的近赤外線分光法を用いて、脳の前頭前皮質領域の活動を測定した。
窃盗症患者のみ、手がかり刺激に対する特異的な視線パターンや前頭前皮質活動を確認
計測の結果、窃盗症患者では、視覚的な手がかり刺激を含む画像に対し、視線の注視点、瞬き、瞳孔の変化などから構成される視線のパターンが、他の画像に対する視線パターンと異なることが示された。同様に、前頭前皮質の活動のパターンにおいても、窃盗症患者では、視覚的な手がかり刺激を含む画像とそれ以外の画像では、大きく異なっていた。
一方、健常者では、そのような特定の画像に対する特異的な視線パターンや前頭前皮質活動は見られなかった。
窃盗症患者は健常者と異なる方法で手がかり刺激を知覚している可能性
これらのことから、窃盗症患者では、窃盗行為に関連する視覚的な手がかり刺激を誤って学習してしまった結果、「手がかり刺激を健常者とは異なる方法で知覚している」と考えられた。先行研究では、薬物依存症でも手がかり刺激に対する特異的な反応が報告されているが、同研究により、窃盗症は依存症と同様のメカニズムが関わっている可能性が初めて示唆された。
今後、他の行動依存症との関連や薬物依存症との関連追求へ
今回の研究成果により、窃盗症もアルコール依存症と同様に、不適応な条件づけ学習であることが判明し、依存症である可能性が高いことが明らかにされた。しかし、同研究のデータサイズは限られており、今後は、より大規模な研究が必要だ。
行動依存症は近年注目されている精神疾患だが、定義も新しく、先行研究が非常に少ない。同研究では窃盗症を対象に、視覚的な手がかり刺激に関連する特徴を解明し、行動依存症の性質が明らかにされた。この成果は、行動依存症の解明や予防・治療に役立つと考えられる。
「今後は、他の行動依存症との関連や薬物依存症との関連を追求する予定だ。また、本研究結果から、窃盗症においては視覚的な認識が通常と異なることが判明したため、適切な治療が必要と考えられる」と、研究グループは述べている。
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