脳の空洞をゲルで埋めて細胞の足場を作ることができれば、脳組織は再生するのか?
北海道大学大は2月15日、ハイドロゲル(以下、ゲル)をマウスの脳の欠損部に埋めて、その後に神経幹細胞をゲル内に注入することで、脳組織を再構築させる技術を開発したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究院、同大創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)の田中伸哉教授、同大大学院医学研究院の谷川聖客員研究員、同先端生命科学研究院の龔剣萍教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。
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近年、再生医療が発展により軟骨・皮膚・肝臓などさまざまな臓器の再生方法が報告され、医療応用されてきているが、脳は一度大きく損傷すると空洞ができてしまい、細胞が増えるための足場を失うことから、脳の再生は困難とされている。
頭部の外傷、脳梗塞、脳腫瘍摘出後など、傷害の場所によっては重大な障害が生じる。脳組織の再生のため、さまざまな方法が試されているが、いまだ医療応用されている方法はないのが現状だ。個々の神経系の細胞の再生はiPS細胞などを用いて報告されてきているが、組織構築の再生法は確立されていない。
そこで研究グループは今回、脳に生じた空洞をゲルで埋めて「ゲルが細胞の足場を作ることで脳組織が再生する」という仮説を立て、検証した。
最適なゲルを開発、in vitroで神経細胞・グリア細胞への分化と3次元構造形成を確認
研究では、細胞とゲルの接着に関係すると考えられるゲルの荷電状態に着目し、正と負に荷電したゲルの構成成分の単量体をさまざまな割合で混合したゲルを作製して検討したところ、正荷電と負荷電を1:1で混合して作製した「C1A1(Cation1 : Anion1)ゲル」が神経幹細胞培養に最適なことを見出した。さらにこのC1A1ゲルを、凍結させて作るクライオゲル化によって、細胞が潜り込める孔が無数に開いた構造(C1A1多孔質ゲル)にした。
その結果、C1A1多孔質ゲルを用いてin vitroで神経幹細胞を培養すると、神経細胞とグリア細胞に分化し、3次元構造を形成することを確認した。
ゲルをマウス脳損傷モデルの空隙に充填することで、脳組織を創出
次に、マウス脳損傷モデルの作製とゲルの埋め込みによる血管網の形成アスピレーターを用いて、マウスの脳を直径約1mmの円柱状に欠損させる新たな疾患モデルを確立。その脳の空隙にC1A1多孔質ゲルを埋め込み、さらに約2週間後、ゲルの内部に神経幹細胞を注入。宿主由来の細胞の侵入や血管形成の有無、移植した細胞の生存について、蛍光顕微鏡、共焦点顕微鏡、2光子顕微鏡を用いてゲルの内部を観察し評価した。
その結果、移植したゲルの内部には、宿主由来の神経細胞、グリア細胞も移動し、神経細胞も突起をゲルの中へ伸ばしていった。また、血管内皮細胞増殖因子をゲルにあらかじめ浸しておくことで、約2~3週間で周囲の正常脳組織からゲルの内部に向かって血管が延びて血管網が形成されたという。
ゲルの周囲からゲル内に突起を伸ばす神経細胞が少数のため、ゲルを埋め込んでから約3週間後、十分な血管網がゲル内に広がったタイミングで、GFPでラベルした神経幹細胞10万個をゲルの中にシリンジで注入した。その後、約3週間後にマウスの脳を取り出してゲルの内部を調べたところ、移植細胞の多くが生存しており、蛍光抗体法ではβチュブリン陽性の神経細胞、GFAP陽性のグリア細胞への分化が一部で確認された。ゲル内では宿主由来の細胞と移植細胞が混在して存在し、脳組織の再構成が確認できたとしている。
マウスの脳損傷による機能障害をゲルで治療することができれば、実用性に近づく可能性
今回の研究成果により、脳の損傷後に空洞ができた場合でもC1A1多孔質ゲルを埋め込むことで、周囲からグリア細胞が侵入し、さらに血管網も形成されることが判明した。その後さらに時間をおいて神経幹細胞を注入することで、移植細胞が定着することも明らかになった。これは、ゲルの中で神経組織が再構成されたことにより、ゲルが神経組織再構築の足場として有用であることが考えられる。
「次の段階で、マウスの脳損傷による運動神経障害などの機能障害をゲルで治療することができれば、将来の実用性に近づくことが期待される」と、研究グループは述べている。
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・北海道大学 プレスリリース