CKD-MBD治療薬や透析など、いずれの治療でも血管石灰化は完治できない
東京医科歯科大学は2月13日、血液中を循環する細胞外小胞(small extracellular vesicles、EV)を介した慢性腎臓病(chronic kidney disease、CKD)による血管石灰化の新たな分子病態を解明し、治療戦略を創出したと発表した。この研究は、同大大学院医歯学総合研究科 腎臓内科学分野の萬代新太郎助教(同大学病院血液浄化療法部)、内田信一教授、小出高彰大学院生らの研究グループによるもの。研究成果は、「Circulation Research」オンライン版に掲載されている。
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ヒトの腎臓は、進化の過程で老廃物の排泄(血液のクレンジング)機能にとどまらず、電解質・ミネラルの調整、血圧の調整、赤血球を造る造血ホルモンの産生や、骨の強化など、生命と健康を維持するためにさまざまな役割を担うことになった。長寿社会となった現代、腎臓は老化、高血圧症・糖尿病を始めとしたさまざまな原因でおとろえる。その結果、CKDは自覚症状を起こしづらく静かに発症、進行し、日本の1300万人以上(成人の約8人に1人、高齢者の約3人に1人)、世界では7億人以上が罹患する現状がある。
CKDは、透析を必要としない段階から全身の臓器に悪影響を及ぼすことがわかってきている。研究グループはこれまでに、CKDに潜在する複雑な病態と多併存症、診療成績を向上させる手段について研究してきた。このためCKDによる腎外臓器合併症(臓器連関)という現象を科学的に明らかにし、治療法を開発すべく研究を行ってきた。
心血管病(心筋梗塞、狭心症や脳梗塞など)も、代表的なCKDの遠隔臓器合併症。心血管病の根幹を成すのが動脈硬化、中でも石灰化という現象だ。ヒトの体では生理的に、カルシウム、リンが中心となり骨や歯などの硬組織を形成する現象「石灰化」が起こっている。一方で、CKDや老化、高血圧症や糖尿病などさまざまな原因で、動脈壁や心臓の弁のような軟部組織に、異所性石灰化(非生理的、病的な石灰化現象)が起こる。しかしながら、この分子メカニズムは十分わかっていなかった。世界的に研究開発が進められてきた降圧薬、抗凝固薬、脂質異常症治療薬や、CKDに伴う骨・ミネラル代謝異常(CKD-MBD)に対する治療薬(経口リン吸着薬やカルシウム受容体作動薬)、透析療法いずれによっても石灰化の治療効果は不十分であり、新たな切り口の病態理解と治療開発が待ち望まれていた。
CKD由来の循環EV、血管平滑筋細胞の形質転換や大動脈の石灰化を促進
研究グループはまず、CKDを発症する疾患モデルラットを樹立し、CKD由来の血清が大動脈血管平滑筋細胞A10細胞における骨形成遺伝子群の転写、石灰化(リン酸カルシウムの蓄積)の増加を引き起こすことを発見した。ここで、血液中を高濃度で循環する、ウイルスほどの小型サイズのメッセージ物質「EV」に着目した。血清をEV分画とEV除去血清に分けて石灰化アッセイ系を行ったところ、CKD由来のEV分画に血管石灰化を促進する物質が含まれていることがわかった。
生体における循環EVの役割を明らかにするために、EVの生成阻害薬であるGW4869をCKD・血管石灰化モデルマウスに投与したところ、胸部大動脈の石灰化面積、骨形成遺伝子群の発現増加が顕著に抑制された。これらのことから、CKD由来の循環EVが血管平滑筋細胞の形質転換、大動脈の石灰化を促進することがわかった。
CKDの循環EVで、血管石灰化是正効果のある4つのmiRNAが枯渇
このEVの悪玉化を引き起こす原因として、研究グループはマイクロRNAに着目した。まず、CKDモデルラットの循環EVを用いてマイクロRNAのトランスクリプトーム解析を実施。マイクロRNAの染色体上の位置、クラスター情報を加味した解析を駆使することで、血管平滑筋の形質転換・石灰化に関与する複数のマイクロRNAを発見した。具体的に、CKD由来のEVでは、血管石灰化の是正効果のあるmiR-16-5p、miR-17~92クラスター由来のmiR-17-5p/miR-20a-5p、miR-106b-5pの4種類の発現量が低下することがわかった。さらに、実際のCKD患者コホート研究においても、腎機能がおとろえるにつれて、これらのマイクロRNAが循環EVで枯渇することが明らかになった。
4つのmiRNAの共通標的は骨形成に関わるVEGFA、受容体阻害剤で石灰化抑制
次に、マイクロRNAの配列情報と過去の知見に基づいたin silico解析を行い、4つのマイクロRNAの共通標的分子としてVEGFAを同定。CKD・血管石灰化モデルマウスの胸部大動脈におけるVEGFA発現量は確かに著しく増加していた一方で、治療薬候補のGW4869ではVEGFA発現量の亢進が是正されていた。これを踏まえてVEGFAの組換えタンパク質をA10細胞に投与すると、用量依存的に骨形成遺伝子群の発現増加、リン酸カルシウムの沈着が増加した。VEGFAがその受容体VEGFR2を介して転写因子RUNX2のリン酸化を増加させ、骨形成遺伝子群の転写を増加させるというシグナル伝達経路も明らかになった。
さらに、国内外で抗がん剤として認可、使用されるVEGFR1/2阻害剤ソラフェニブ、フルキンチニブ及びスニチニブをA10細胞に投与すると、A10細胞の石灰化が抑制された。最も効果の高かったフルキンチニブをCKD・血管石灰化モデルマウスに4週間経口投与すると、大動脈の骨形成遺伝子群の発現が抑制されることがわかった。これらの薬剤について研究グループは、新たな動脈硬化の治療薬シーズとなることが期待されるとしている。
以上から、健康状態では循環EVに豊富に含まれるマイクロRNA群が、血管平滑筋細胞のVEGFA-VEGFR2シグナルを抑制することで、血管が病的石灰化から免れる機構が存在するのに対し、CKDを患った場合は、血液中にマイクロRNA群を枯渇した悪玉EVが多くなり、血管平滑筋の形質転換、石灰化を促進する可能性があるとわかった。
特定されたmiRNAはeGFRより効果的な大動脈石灰化の予測因子
最後に、腹部大動脈の石灰化(石灰化指数ACI ≥15%)の診断精度について受信者動作特性曲線(ROC曲線)による検証を実施。hsa-miR-16-5p、hsa-miR-17-5p、hsa-miR-20a-5p、hsa-miR-106b-5p各々のEV発現レベルの曲線下面積AUC(area under the curve)は、0.7630、0.7704、0.7407、0.7704だった。よって、これらのマイクロRNAが、腎機能(estimated glomerular filtration rate、eGFR;AUC=0.5537)よりも効果的な大動脈石灰化の予測因子であることがわかった。最も影響力の大きかったhsa-miR-106b-5pについて多変量ロジスティック回帰分析を行うと、このマイクロRNAの一四分位低下はACIの8.32%の上昇に関連しており、14.8歳の老化に匹敵する石灰化への影響度だった。
CKDと血管石灰化の新たな治療法・バイオマーカーの開発に期待
今回の研究により、CKDにおける循環EVの品質変化(悪玉化)現象とその役割が世界で初めて明らかになった。腎臓から全身の血管に伝播されるメッセージ物質の一端がわかったことで、臓器間相互作用を標的としたCKDと血管石灰化の新たな治療法・バイオマーカーの開発につながることが大いに期待できる。
血管石灰化は心筋梗塞や脳梗塞などの心血管疾患を引き起こす原因となっており、生命寿命と健康寿命に直結する重要な問題だ。しかしながら、近年までに開発されてきた降圧薬、抗凝固薬、脂質異常症治療薬や、血管石灰化の原因とされるカルシウムやリンを調整するCKD-MBD治療薬(経口リン吸着薬やカルシウム受容体作動薬)は完全に治療することはできない。今回の研究がつきとめた、悪玉EV、鍵となるマイクロRNA、マイクロRNAの標的であるVEGFAシグナルの3通りの新しいタイプの治療薬シーズが、今後のさらなる研究で実装可能となり、血管石灰化と心血管病を克服できることが期待される。
今回の研究は循環EVの内包物としてマイクロRNAに着目したが、これ以外にも多様な分子群を解析する必要があり、研究グループは、今後の循環EVの内包物と役割を全容解明し、より生体に副作用の少ない、これまでにない治療戦略を構築していくことを目標に、現在この課題に取り組んでいるとしている。
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