HPVワクチンのアジュバントが本当に「神経系の障害」を引き起こすのか詳細に検証
近畿大学は2月8日、子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)に含まれる免疫を活性化させる成分「アジュバント」が、重篤な神経系の症状(副反応)を生じると主張する論文の根拠を詳細に検証し、それらのデータに欠陥があることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学部産科婦人科学教室の松村謙臣主任教授と、同微生物学教室の角田郁生主任教授を中心とする研究グループによるもの。研究成果は、「Cancer Science」にオンライン掲載されている。
子宮頸がんは、ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染により起こる病気で、日本においては年間3,000人が亡くなっているが、発症を予防するためのHPVワクチンがあり、その有効性と安全性は科学的に立証されている。同ワクチンの種類には、特に子宮頸がんの原因になりやすい2種類のHPV(HPV16型と18型)の感染を予防するサーバリックス、コンジローマ(性器の外側、外陰のイボ)の原因になるHPVの感染も含め、4種類のHPV(HPV6型、11型、16型、18型)の感染を予防するガーダシル、さらに子宮頸がんの原因となりうる他の5種類のHPVを含めて9種類のHPVの感染を予防するガーダシル9/シルガード9がある。日本では2013年4月から12~16歳の女性を対象に、サーバリックスとガーダシルによるHPVワクチンが定期接種となった。
しかし、同年6月にはHPVワクチン接種後の副反応の可能性に対する国民の懸念から、厚生労働省が同ワクチンの積極的接種勧奨を停止し、日本における接種率は対象者の1%未満に落ち込んだ。2022年4月、厚生労働省は9年間の中断を経て、HPVワクチン接種の積極的勧奨を再開したが、接種率は低いままだ。
HPVワクチン接種に対する国民の懸念は、接種を受けた女性が、慢性疼痛、運動障害、認知障害などの神経学的症状(いわゆる多様な症状)を発症したとされる事例に基づいている。この懸念は、現在HPVワクチン薬害訴訟が進行中であることでさらに強まった。その原告弁護団は「HPVワクチンの成分が神経系の障害を引き起こす」と主張しており、その根拠となる基礎医学研究の論文をホームページなどにリストアップしている。
薬害訴訟原告弁護団がリストアップした基礎医学論文、科学的根拠に重大な欠陥
子宮頸がんおよび神経免疫学の専門家からなる松村謙臣主任教授らの研究グループは、それらの論文における一つひとつのデータを詳細に検討してきた。そして2022年8月には「ヒト生体分子とHPVの間に分子相同性があるために、HPVワクチン接種後に自己抗体が生じて臓器障害が生じる」と主張する論文と、その考えに基づく動物実験の論文に大きな欠陥があることを明らかにし、Cancer Science誌に報告した。
同研究グループは、Cancer Science誌に掲載された先行研究と今回の研究論文により、HPVワクチン薬害訴訟原告弁護団がリストアップした基礎医学研究論文に重大な欠陥があり、その証拠能力が欠如していることを明らかにした。
HPVワクチンのアジュバントで重篤な神経系の症状が生じる根拠を否定
研究では、「HPVワクチンの成分として含まれるアジュバントが多様な神経症状を引き起こす」と主張する論文を詳細に検討し、その主張には根拠がないことを明らかにした。20年以上前に、アルミニウムアジュバントを含んだワクチンの筋肉注射では「マクロファージ性筋膜炎(macrophagic myofasciitis:以下、MMF)」という、全身性の筋肉痛、関節痛、疲労感、認知機能障害を生じる病態が起こるケースがあると報告された。MMFの特徴は、ワクチンを注射した筋肉内へのアルミニウムの沈着と、それを取り込んだマクロファージという細胞の集積だが、これは筋肉という局所に異物であるアルミニウムを注射すれば必ず起こる反応だ。
今回、このワクチンを注射した一つの筋肉にとどまる局所反応と、MMFによって起こるとされる全身性の炎症(全身の筋肉痛、関節痛)や脳の異常(認知機能障害など)との因果関係は、これまで一度も示されたことがなく、MMFという疾患の存在自体が否定的であることを明らかにした。
また、MMFの症例は、アルミニウムの中でも、水酸化アルミニウムを含むワクチン接種後に限定して報告されている。日本で使用されてきたHPVワクチンには、サーバリックスとガーダシルの2種類がある。水酸化アルミニウムはサーバリックスには含まれているが、ガーダシルには含まれていない。したがって、日本でのHPVワクチン接種後の多様な症状は、例えMMFという病気が存在したとしても、MMFでは説明できない。
一方、ワクチンに含まれるアジュバントによって自己免疫反応が誘導されるとする「autoimmune /autoinflammatory syndrome induced by adjuvants(以下、ASIA)」という病態も提唱されている。しかし研究グループは、ASIAの診断基準が広すぎること、データの再現性がないこと、動物実験が不適切であること、ワクチン接種やアルミニウム含有アレルゲン製剤の治療と自己免疫性疾患の関連が疫学的に否定されていることから、ASIAの存在も否定的であることを明らかにした。
HPVワクチンの正しい理解につながり、接種を受けるか否かの判断に役立つ可能性
今回研究グループよって行われた一連の検討により、HPVワクチンの成分が神経学的な諸症状の原因になるという理論的な根拠が否定され、HPVワクチンが安全であることが改めて示された。
「今回検証したのはHPVワクチン薬害訴訟原告弁護団の主張の根拠となっている基礎研究の論文であることから、本研究成果は訴訟に大きく影響を与えると考えられ、ひいては国内外におけるHPVワクチン接種に関する施策や副反応への対応策、積極的推奨が再開されたHPVワクチンの接種率にも、波及効果を有すると考えられる」と、研究グループは述べている。
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