胃がん以外のがんで、HP感染と罹患率や死亡率との関連は?
岩手医科大学は2月9日、名古屋市を対象とした前向きコホート研究のデータを用いて、尿中抗ヘリコバクター・ピロリ菌(HP)抗体の有無によるがん罹患率および死亡率について検討した結果を発表した。この研究は、同大医歯薬総合研究所の西塚哲特任教授、名古屋大学の中杤昌弘准教授、広島大学の内藤真理子教授、名古屋大学の若井建志教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「PLOS Global Public Health」に掲載されている。
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HPは胃炎、胃潰瘍を引き起こすことが知られているほか、胃がんの発生原因としても重要な細菌の一種だ。その一方で、台湾、イタリア、韓国、米国、ドイツなどからHP陽性群の進行胃がん治療後の予後が良いという報告がなされていた。胃がん治療は国や地域によっても異なるため、HP感染の有無でどの国の治療効果をみても同様の結果が得られていることは注目に値する。日本人患者を対象とした研究グループの先行研究においても、HP陽性群で進行胃がんの予後が良いことが示されている。
さらに免疫学的な指標であるPD-L1タンパク質が陰性の場合に限り、HP陽性群の予後が統計学的有意差をもって良いことがわかっていた。これらの生命予後は胃切除を行われた患者、すなわちHPを体内に持たない患者のものである。したがって、HPが体内に存在しない状態でもHP陽性胃がん患者ではHP感染を契機に免疫応答など全身的な反応の関与があったのではと想定される。もし、HP感染によりがん治療に有利な状況が生まれているなら、HP陽性群とHP陰性群で罹患率に差があっても死亡率では差が少なくなるはずである。
名古屋市民4,982人の尿中抗HP抗体を測定、がん罹患率と全死亡率との関連を検討
そこで今回研究グループは、尿中抗HP抗体のデータを有する大規模コホートとして、名古屋市で行われた大幸研究のデータをもとに尿中抗HP抗体、がん罹患率および死亡率について比較・解析を行った。
Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort(J-MICC)研究を構成するコホートの一つである大幸研究において、前向きに登録された名古屋市在住の登録時年齢35~69歳、5,165人のうち研究に同意を得られた4,982人を対象として研究を行った。尿中抗HP抗体の測定は免疫クロマトグラフィーキット(RAPIRAN、大塚製薬)を用いた。主要評価項目は、(種類を問わず)がん罹患率、および(死因を問わず)死亡率。HP感染率は、誕生年による差があると知られている。解析に対する交絡因子の影響を最小限にする必要があるため、対象集団に対する誕生年と性別による頻度マッチングを行った。また、過去にがんの既往があった場合は対象集団から除外した。
がん罹患率は胃がん以外のがんでもHP陽性群で「高」、全死亡率は有意差なし
誕生年を5年ごと(1938~1944年は7年間、1970~1975年は6年間)に区切り、男女別に尿中 HP 抗体陽性(以下、HP陽性)率を算出。その結果、男女とも誕生年が早いほどHP陽性率が高かった。最もHP陽性率が高いのは誕生年1938~1944年の男性で、およそ60%、最もHP陽性率が低いのは誕生年1970~1975年の女性で20%に満たなかった。
誕生年と性別によりマッチングされた3,376人(HP陽性1,688人、HP陰性1,688人)を対象として解析を進めた。初めに登録された全種類のがんを対象に全観察期間を通しての罹患率と死亡率について解析。HP陽性群では1,688人中105人(8.94人/1,000人年)が何らかのがんに罹患していた。HP陰性群では1,688人中67人(5.62人/1,000人年)と統計学的有意差をもってHP陽性群でがん罹患率が高かった。
HP感染によるリスク上昇が知られている胃がんとそれ以外のがんについて比較したところ、胃がんでもそれ以外のがんでもHP陽性群で罹患率が高かった。死亡率については、HP陽性群とHP陰性群で有意な差は認められなかった。
全がん対象生存率、HP陽性と陰性で有意差なし
カプランマイヤー推定により、HP陽性群と陰性群のがんの非罹患率および全生存率を推定した。がん罹患率に関しては、胃がんでHP陽性群がHP陰性群に比べて非罹患率が低い、即ち罹患率が高かったが、この傾向はすべてのがん、および非胃がんを対象としたいずれの場合も同様であった。一方、すべてのがんを対象とした生存率に関しては、HP陽性群とHP陰性群を比較して統計学的に有意な差は認められなかった。
がん罹患のリスクを高めることが知られている他の要因も考慮して、HP感染がどの程度のリスクを有するかを検討。その結果、HP陰性群に対するHP陽性群のハザード比は1.59であり、喫煙歴ありの1.97より低く、飲酒習慣ありの1.24より高かった。
HP感染、罹患率が高く生存率は差なしということは生存に有利な影響を及ぼしている可能性
今回の研究結果より、HP感染があると、胃がんのみならずがん全般に罹り易い状態であることが示唆された。その一方でHP感染ががんに対する治療効果や免疫能などを増強し、罹患率から推定される死亡率と比較して、その低減に寄与している可能性が示唆された。
日本国内ではほとんどのがん患者は何らかの治療を受けていることが推定されるため、がんによる死亡は概ね進行がんや再発がんによるものと言える。HPは胃がんの原因の一つとして考えられているが、その関与は胃の正常細胞ががん細胞に変化する早期胃がんが成立する過程である。進行胃がんでしばしば見られる転移先臓器では胃内のような酸性環境はなく、HPが生育できないため進行がんの段階ではHPの関与はほとんどないものと考えられる。したがって、がん罹患率におけるHP陽性者と陰性者の差から想定されるものと比較して、HP陽性者では、がんによる死亡率が低いというデータから、HPによる治療効果や免疫能の増強効果など、全身的影響がある可能性も考えられた。ただし、HP感染ががんの予後に有利に働くとすれば、そのメカニズムも含めさらに検討が必要である、と研究グループは述べている。
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