ホスファチジルコリンに貯蔵されたコリンを取り出す酵素の正体は?
東京大学は2月2日、肝臓のリン脂質に貯蔵されるコリンを取り出す新たな代謝経路を発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科 附属疾患生命工学センター 健康環境医工学部門の村上誠教授、東京都医学総合研究所 細胞膜研究室の平林哲也主席研究員らの研究グループと、慶應義塾大学、昭和大学などとの共同研究によるもの。研究成果は、「Cell Reports」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
コリンは体にとって非常に大切な栄養素であり、細胞膜、神経伝達物質などの合成に利用される。さらに肝臓では、コリンに含まれるメチル基を利用して、さまざまな生命応答に利用される必須アミノ酸であるメチオニンを再生する回路(メチオニン回路)が備わっており、コリンはメチル基の重要な供給源でもある。また、コリンが不足すると中性脂質が肝臓に蓄積して脂肪肝になることも知られている。このように、コリンは認知機能、肝機能、中性脂質の輸送などに重要な栄養素であることから、コリンやメチオニンは、家畜の飼料をはじめ、一部の粉ミルクやペットフードにも添加・配合されている。また、欧米やアジアではコリン摂取量の目安を設定する国が増えており、米国では必須栄養素として指定されている。
一方で、高濃度のコリンはそのままの形(遊離型)では有害であるため、余剰のコリンを別の形で貯蔵し、必要に応じて貯蔵場所から取り出して使用し、使い終わった後にリサイクルする仕組みが必要だ。実際に、細胞内では遊離コリンの濃度は低く保たれており、生体内に存在するコリンの96%以上は細胞膜の主要構成要素であるホスファチジルコリンと呼ばれるリン脂質に貯蔵されている。しかし、この細胞膜に貯蔵されたコリンを取り出す酵素の正体はこれまで明らかにされていなかった。
PNPLA7/8欠損でマウス肝臓の遊離型コリンが減少、コリン・メチオニン欠乏症に似た症状を発症
肝臓では、ホスファチジルコリンからコリンを取り出す際、「ホスファチジルコリン→リゾホスファチジルコリン→グリセロホスホコリン→コリン」という順序(リン脂質分解経路)で分解が進むことが以前の研究から予想されていた。ホスファチジルコリンやリゾホスファチジルコリンを分解する酵素には、さまざまなタイプが知られているが、研究グループは、その中でも「ホスホリパーゼA2」と呼ばれる脂質代謝酵素群の研究を長年に渡って行ってきた。
候補酵素群の遺伝子を欠損するさまざまなマウスを網羅的に解析した結果、PNPLA7やPNPLA8を持たないマウスの肝臓で、水溶性のグリセロホスホコリンの量が大きく減少しており、それに伴って遊離型コリンの量も減少していた。さらには、コリンが肝臓のミトコンドリアで酸化されてできるベタインや、メチオニンから合成されるS-アデノシルメチオニンと呼ばれるメチル化反応に不可欠な化合物も、これらの欠損マウスの肝臓では有意に減少していたという。PNPLA7やPNPLA8の欠損マウスは、成長不良、体脂肪の減少、肝臓から分泌されるリポタンパク質と中性脂質の減少、血糖値の低下などをはじめとした、コリンやメチオニンの欠乏症によく似た特徴を示した。
PNPLA8/PNPLA7の脂質分解反応がコリンを取り出す役割を持つと判明
さらに、上述のリン脂質分解経路の中で、PNPLA8は第1段階のホスホリパーゼA2反応(ホスファチジルコリン→リゾホスファチジルコリン)、PNPLA7は第2段階のリゾホスホリパーゼ反応(リゾホスファチジルコリン→グリセロホスホコリン)に関わることがわかった。
これらの結果から、PNPLA8とPNPLA7によるリン脂質分解反応は、細胞膜のホスファチジルコリンの中に蓄えられたコリンを水溶性のグリセロホスホコリンとして取り出す役割を持ち、さらにこのグリセロホスホコリンがコリンとグリセロール3-リン酸に分解され、前者はメチオニン回路へのメチル基の供給に利用され、後者は中性脂質(トリグリセリド)の合成や、糖の新生に利用されることが明らかとなった。
コリンやメチル基不足で起きる疾患の病態解明と、新規治療法開発に期待
今回の研究により、PNPLA7とPNPLA8という2つの脂質分解酵素が、肝臓の細胞膜に蓄えられたコリンを取り出す役割を担うことが初めて明らかにされた。この経路は、メチル基の供給や肝臓での中性脂質の合成・分泌のみならず、成長、血糖値、体脂肪量などにも関与することが示された。
「本研究成果により、コリンやメチル基の不足によって起きる疾患の病態解明と、これらの脂質分解酵素を標的とした新規治療法の開発が期待される」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・東京大学 プレスリリース