日本での臨床研究報告がないCPT、海外と同等の効果は得られるか?
国立精神・神経医療研究センターは1月5日、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に対する認知処理療法(Cognitive processing therapy:CPT)の前後比較試験を実施し、この治療が日本でも実施可能であり患者の症状が改善したことを発表した。この研究は、同研究センター認知行動療法センター(CBT、センター長:久我弘典)の伊藤正哉研究開発部長、堀越勝特命部長ら、筑波大学医学医療系の森田展彰准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Traumatic Stress」オンライン版に掲載されている。
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PTSDは、生命の危険や重傷を負うようなトラウマティックな出来事に遭遇した人が、再体験、回避、覚醒亢進、否定的な考えや感情といった症状によって機能障害を起こしている状態を指す。日本ではPTSDの有病率は海外と比べて低いものの、患者の半数以上が重度の症状を経験していることが調査からわかっている。また、重度の症状を抱えながらも、ほとんどの患者が治療を受けていない現状がある。
PTSDの治療ガイドラインや系統的レビューでは、効果的な治療として、トラウマを扱う認知行動療法を推奨している。代表的なものに持続エクスポージャー療法(PE)、認知処理療法(CPT)、眼球運動による脱感作と再処理法(EMDR)がある。これらの治療法は、いずれもトラウマに焦点を当てた認知行動療法であるという点で共通しているが、治療理論や作用機序、治療方法が異なる。国内ではすでに、犯罪被害を受けたPTSD患者に対するPEの有効性が示されている。しかし、PTSD治療が行き届いているとは言い難い現状からは、治療の選択肢を充実させる試みは急務と言える。
そうした背景から、今回の研究では、日本で活用できるPTSDの治療選択肢の一つとして、CPTに着目。CPTは、海外で有効性を示すエビデンスが多く蓄積されているものの、日本で行われた臨床研究の結果は未だ報告がない。この治療は米国で開発され、有効性の検討の多くは西洋文化圏で行われたものであった。そのため、文化や制度の異なる日本でも同じように実施できるか、また、同等の効果が得られるかどうかを確認する必要があった。
PTSD成人患者25人を対象、対照群を置かない前後比較試験を実施
今回の研究では、DSM-Ⅳの基準でPTSDと診断された成人患者を対象として、CPTの実施可能性、受容性、治療成果を調べるために、対照群を置かない前後比較試験を実施。患者25人が研究に登録され、NCNPまたは共同研究機関の外来でCPTの治療を受けた。治療はCPTの日本語版のマニュアルに基づき行われ、研究への参加者は、1回50分、全12回の治療セッションと毎回課される自宅での練習課題に取り組んだ。治療の効果はPTSD臨床診断面接尺度(CAPS)を用いて測定されたPTSD症状とした。
その他に、うつ症状、不安症状、トラウマに関連した認知、主観的QOLについても評価。治療開始前、治療終了時、治療終了から6か月後、12か月の4回に渡って評価を行い、治療開始前と他の3時点の評価結果を比較した。また、治療の実施可能性や受容性を検討するために、研究参加が中止になる人の割合と、重篤な有害事象の発生率も確認した。
治療前と比べて、治療終了時/6か月後/12か月後の症状に有意な改善
研究の結果、参加者は平均して13回CPTのセッションに参加。治療を完遂した人の割合は96.0%だった。研究参加中に入院した人は1人で、これは重篤な有害事象として捉えられた。PTSD症状の評価では、治療前と比べて治療終了時および6か月後、12か月後の症状に有意な改善が認められ、その効果量も大きなものだった(治療終了時g=-2.28;6か月後g=-2.95;12か月後g=-2.15)。
同様に、うつ症状をはじめとしたさまざまな評価項目においても有意な改善が認められ、効果量の大きさは中〜大だった。これらの結果は、日本の臨床環境においてCPTが実施・受容可能であり、有効性が期待できることを示唆するものと考えられる。
海外研究と同等の効果に期待、ランダム化比較試験を実施中
同研究結果から、CPTは日本のPTSD患者にも適用可能であり、海外の先行研究と同等の効果が期待できることが示唆された。また、研究参加者の治療中断率は低く、CPTは安全面において優れている可能性が示されたとしている。
今後、予備試験で得られた結果をもとに、CPTの有効性をより厳格な方法で検証する必要がある。認知行動療法センターでは、現在58人を目標参加者数とするランダム化比較試験を実施している。
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・国立精神・神経医療研究センター プレスリリース