異所性脂肪の蓄積による慢性炎症、2型糖尿病・高血圧・心血管疾患などのリスクを増大
東京工業大学は12月27日、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素の一つであるPTPROを欠損したマウスが高度肥満状態になっても、脂肪肝や脂質異常症、糖尿病にならないことを発見したと発表した。この研究は、同大科学技術創成研究院生体恒常性研究ユニットの新谷隆史特任准教授、野田昌晴特任教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Life Sciences」にオンライン掲載されている。
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肥満者は世界中で急速に増えており、日本国内でも3人に1人が肥満者である。世界保健機関(WHO)によると、肥満は「体内への過剰または異常な脂肪の蓄積が健康に対するリスクを増加させている状態」と定義され、具体的には、肥満によって、2型糖尿病、高血圧、心血管疾患、脂質異常症、非アルコール性脂肪性肝疾患、慢性腎臓病、睡眠時無呼吸症候群や低換気症候群、気分障害などの発症リスクが大きく増大することが知られている。
過剰な脂肪は、脂肪組織だけでなく、肝臓や心臓、骨格筋、膵臓、血管壁などへも異所性脂肪として蓄積される。このように脂肪が蓄積した組織には、マクロファージなどの炎症を起こす免疫細胞が集積し、活性化する。その結果、慢性的な炎症が生じるとともに、炎症性サイトカインが分泌されて、全身の生理機能が損なわれることが知られている。
インスリン受容体を脱リン酸化して抑制する、一群のRPTPに注目
研究グループは長年にわたって、受容体様タンパク質チロシン脱リン酸化酵素(RPTP)の生理機能を明らかにする研究を進めてきた。RPTPはタンパク質のチロシンに付いたリン酸を外す(脱リン酸化する)働きをする酵素で、細胞表面に存在している。2015年に研究グループは、RPTPの一つであるPTPROを含む一群のRPTPが、インスリン受容体を脱リン酸化することによって、その働きを抑制する能力があることを、培養細胞を用いた研究によって見出していた。しかしながら、個体におけるPTPROの生理機能の詳細はこれまで調べられていなかった。
PTPROを欠損した高度肥満マウス、脂肪細胞が顕著に拡大し脂肪肝は発生せず
まず、PTPROを欠損したマウスと欠損していないマウス(野生型マウス)を通常のエサで飼育したところ、両者の間に体重や摂食量などの違いは見られなかった。ところが、脂肪と砂糖が大量に含まれる高カロリーのエサで飼育したところ、PTPROを欠損したマウスの方が、摂食量が多く、体重の増加も著しく大きいことが判明した。通常、このような高度肥満の状態では異所性脂肪が増加し、脂肪肝が進行していると考えられる。ところが意外にも、PTPROを欠損したマウスでは、肝臓への脂肪の蓄積が低く抑えられており、脂肪肝が発生していなかった。この要因とされたのが、脂肪組織の脂肪蓄積能の増大である。PTPROを欠損したマウスでは、脂肪細胞が顕著に拡大しており、大量の脂肪を蓄積できるようになった結果、肝臓などの他の臓器や組織への異所性脂肪の蓄積が抑制されたと考えられる。
高カロリーのエサを摂取させたマウスについてさらに詳しく解析したところ、PTPROを欠損したマウスでは、野生型マウスに比べて肝臓と脂肪組織へのマクロファージの浸潤が少なく、炎症反応も顕著に低かった。また、炎症性サイトカインの量も極めて低かった。さらに、血中の脂質量が低く、血糖値を正常に保つ能力も損なわれていないことが明らかになった。このように、PTPROを欠損したマウスは、高カロリーのエサを食べた結果として高度肥満状態になっても、脂肪肝や脂質異常症、糖尿病にならないことが明らかになった。
PTPRO抑制剤、高度肥満野生型マウスの脂肪肝・血中脂質量・血糖値制御能を改善
次に研究グループは、高度肥満の野生型マウス(高度肥満のモデルとして使用されるob/obマウス)にPTPROの働きを抑制する薬剤を1カ月間にわたって投与する実験を行った。その結果、薬剤の投与によって肝臓に蓄積した脂肪が減少し、脂肪肝が回復することが明らかになった。このとき、PTPRO欠損マウスと同様に脂肪組織が拡大していることがわかった。すなわち、肝臓などに蓄積されていた異所性脂肪が脂肪組織に移行した結果、脂肪肝から回復したと考えられた。
また薬剤を投与したマウスでは、PTPROを欠損したマウスと同様に、肝臓と脂肪組織へのマクロファージの浸潤や炎症反応が顕著に抑制されており、血中の炎症性サイトカインの量も顕著に低下した。さらに血中脂質量が改善し、血糖値の制御能も正常化した。なお、薬剤を投与した場合でも、PTPROを欠損したマウスで見られたようなエサをたくさん食べるという現象は見られず、対照マウスとの体重の差はなかった。これは、薬剤が脳の食欲制御中枢に移行しないためと考えられる。このように、高度肥満マウスにPTPROの働きを抑制する薬剤を投与することによって、脂肪肝や脂質異常症、糖尿病を改善できることが明らかになった。
これらの結果から、PTPROには、(1)インスリンの働きの抑制、(2)炎症反応の促進、(3)脂肪組織への脂肪の蓄積の抑制という作用があることが明らかになった。そのため、PTPROが欠損した場合や、PTPROの働きを抑制した場合には、インスリンの働きが良くなり、炎症反応が抑制され、脂肪組織への脂肪の蓄積が促進される。
肥満によって誘導される病気を治療する上で、PTPROが鍵となる可能性
今回の研究は、肥満にともなって脂肪肝、脂質異常症や糖尿病などの病気が生じる場合に、PTPROが中心的な役割を果たしていることを明らかにした。肥満によって誘導される病気を治療する上で鍵となる分子を発見した今回の結果は、肥満者が抱える健康問題の改善や生活の質の向上に大きく寄与するものであり、肥満者が増加している現代社会において非常に大きなインパクトがある。「本研究成果は、肥満に伴ってさまざまな病気が起こる新しい仕組みを明らかにしたものであり、PTPROを標的とする新規の医薬品の開発によって、肥満によって誘発される脂肪肝(炎)、脂質異常症、糖尿病などを統合的に治療することが可能になると期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京工業大学 プレスリリース