治癒率はわずか30~40%程度で原因・病態はいまだ不明
慶應義塾大学は12月23日、突発性難聴に関する多施設共同後ろ向き観察研究を実施し、動脈硬化因子が突発性難聴の重症化だけでなく健側(突然の難聴が発症していない耳)の難聴とも関連していること、健側に中等度以上の難聴があると突発性難聴が治癒しにくいことを明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学部耳鼻咽喉科学教室の都築伸佳共同研究員(国立病院機構東京医療センター臨床研究センター聴覚平衡覚研究部研究員)、大石直樹准教授、東海大学医学部専門診療学系耳鼻咽喉科・頭頸部外科学の和佐野浩一郎准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」電子版に掲載されている。
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一般的に、突然聞こえが悪くなる難聴は突発難聴と呼ばれており、強大音への曝露や聴神経腫瘍、おたふくかぜの原因ウイルスであるムンプスウイルスへの感染などが原因となっている。しかし、実際に突発難聴の原因の精査を行っても原因不明であることが多く、そのような突発難聴が突発性難聴と診断される。突発性難聴の年間罹患率は10万人あたり60.9人(厚生労働省特定疾患急性高度難聴調査研究班による2012年調査)と報告されている。ステロイドの全身投与や鼓室内投与を中心にさまざまな治療が行われているが、その治癒率はわずか30~40%程度にとどまっている。突発性難聴の原因・病態には、ウイルス感染、自己免疫、動脈硬化や梗塞による内耳への血流障害などの説が唱えられているが、いまだ明らかになっていない。
突発性難聴762症例の患側/健側の聴力と、治癒率、動脈硬化因子との関連を解析
突発性難聴の診断基準は、発症様式(72時間以内に発症した突然の難聴)や患側のみの聴力像を中心に組み立てられている。数十年にわたってその治癒率が向上せず病態も解明されない要因の一つには、解明されていないさまざまな原因や病態が一つの疾患としてまとめて扱われてしまっていることが考えられる。また、耳鼻咽喉科の日常診療では、糖尿病などの動脈硬化因子をもつ突発性難聴患者が比較的多くみられる。動脈硬化因子が突発性難聴の重症化因子となるとの複数の報告はあるが、いずれも断片的なものに留まっていた。
そこで研究グループは、動脈硬化因子と健側の聴力に着目した。健側の聴力は主に加齢性の変化を反映していると考えられ、突発性難聴患者の中に加齢性(老人性)難聴が認められる症例が少なくない。さらに加齢性難聴の進行には動脈硬化因子も関連しているとの報告がある。これまで突発性難聴患者の健側の聴力に注目した研究報告はごくわずかしかなかった。突発性難聴患者の患側と健側の聴力と、治癒率、さまざまな動脈硬化因子との関連性を解析することで、動脈硬化因子をもつ患者やもともと健側に難聴のある患者にどの程度治癒が望めるのかが明らかになると考えられた。さらに、動脈硬化による血流障害を病態とする突発性難聴の臨床像の解明の手がかりとなる可能性がある。
研究グループは、6医療機関(川崎市立川崎病院、慶應義塾大学病院、国立病院機構東京医療センター、済生会宇都宮病院、静岡赤十字病院、平塚市民病院(50音順))に協力を依頼し、突発性難聴762症例の聴力、治療、動脈硬化因子に関する詳細なデータを解析した。
動脈硬化因子が突発性難聴の重症化だけでなく健側の難聴とも関連
その結果、動脈硬化因子が突発性難聴の重症化だけでなく健側の難聴とも関連していること、健側に中等度以上の難聴があると突発性難聴が治癒しにくいことが明らかになった。また、発症時の抗凝固薬の内服が突発性難聴の非治癒と関連しているということも判明した。
診断基準に含まれていない健側の聴力も評価することが重要であることを示唆
これらの結果により、突発性難聴患者において動脈硬化因子を評価すること、患側だけでなく診断基準に含まれていない健側の聴力も評価することが重要であることが示唆された。このことから、研究グループは、「突発性難聴患者を動脈硬化リスクスコアあるいは健側の聴力の評価にMRIなどの画像検査を組み合わせることによって、動脈硬化による血流障害を病態とする突発性難聴の診断を可能にしたい」としている。
抗凝固薬の内服のある突発性難聴患者に対する早期の適切な機能検査の必要性も示唆
さらに、研究では発症時の抗凝固薬の内服が突発性難聴の非治癒と関連しているという新たな結果が得られた。抗凝固薬の内服が関わる病態としては、体内で出血が起こりやすいことによる内耳出血や、元々血管がつまりやすい状態であるために起こる内耳梗塞が予想される。特に内耳出血は突発難聴に対して比較的早期に行なったMRIにて発見された症例報告もある。抗凝固薬の内服のある突発性難聴患者に対しては、内耳出血や内耳梗塞を疑い、早期のMRIや詳細な聴覚・平衡機能検査を行うことで、具体的な臨床像を明らかにする必要性が示唆された。「主に内耳への血流障害を原因とした突発性難聴の臨床像の解明や適切な画像検査、聴覚・平衡機能検査による内耳出血、内耳梗塞の診断方法の確立が進むことが期待される」と、研究グループは述べている。
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・慶應義塾大学 プレスリリース