収縮能力が十分にあるヒト筋組織モデル、筋疾患研究のツールとして開発が期待されている
東京女子医科大学は12月23日、高い収縮力を持つヒト骨格筋組織モデルを作製する技術を開発し、さらに収縮力を定量的に計測できるシステムと組み合わせることにより、特定の薬剤が筋に及ぼす影響を収縮力変化から読み解くことができる技術を開発したと発表した。この研究は、同大先端生命医科学研究所の高橋宏信講師、清水達也教授、慶應義塾大学薬学部の長瀬健一准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Small Methods」にオンライン掲載されている。
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筋ジストロフィーなどの進行性の筋力低下を引き起こす難治性筋疾患は、症状が進行すると患者の生活に大きく影響を及ぼす。そのため、かねてより治療法の確立が強く求められていた。しかし根本的な治療法のない筋疾患のメカニズムを解明し有効な治療法を開発するためには、従来の動物実験では得られない新たな知見を得ることができるツールが必要である。そこで近年、生体組織を人工的に再現する組織工学技術が発展したことにより、生体を模倣した筋組織モデルの開発に大きな期待が寄せられてきた。
特に、動物実験だけではヒトに対する薬剤の影響を知ることができないため、ヒトの筋細胞から成長させた筋組織を作り上げることで、創薬研究の初期段階からヒトの筋に対する作用を知ることができると期待されている。しかしながら、動物細胞に比べてヒト細胞は生体外で成長しにくいため、筋として最も重要な収縮する能力が十分に備わっているヒト筋組織をモデルとして使用した筋疾患の研究は世界的にもいまだに非常に少ないのが現状である。
シート状骨格筋組織を積み上げて多層型筋組織を作製、電気刺激で生じる筋収縮を計測可能
今回研究グループは、独自の組織工学手法を応用し、収縮機能を有するヒト筋組織モデルを作製する手法を新たに開発した。さらに収縮力を定量的に計測できるシステムと組み合わせることで、薬剤の影響によって収縮力が増加・減少する様子をモニタリングできる技術を開発することにも成功した。
同大が開発した細胞シート技術という独自の組織工学技術を応用し、生体に類似した筋線維が配向した構造を形成、さらに十分に収縮するまで成熟化させた「構造的・機能的に生体を模倣した骨格筋組織」を作製することに成功した。併せてそのシート状筋組織を何枚も積み上げる技術を応用し、高い収縮力を生み出す多層型筋組織を作製した。この筋組織は特殊な培養皿を用いることで生体と同様に配向した構造を持ち、それらを積層する上で人工材料を用いずに筋線維が3次元に積みあがるというユニークな構造となっている。
また、この多層型筋組織は定量的に計測できる十分に高い収縮力を生み出すことができるため、この手法は「強いヒト筋組織」を作り出す技術と言える。さらに当筋組織は、細胞と親和性が高く物理的に柔軟な素材でもあるフィブリンゲルを利用した手法を採用することで、収縮力計測装置(日本光電工業株式会社が開発)に適応できるように工夫されている。結果として、筋組織を電気刺激することで生じる筋収縮を計測することが可能になった。
薬剤の作用をリアルタイムにモニタリングし、クレンブテロールの複雑な影響を明らかに
この筋組織モデルシステムを利用することで、筋に対する薬剤の作用をリアルタイムにモニタリングできることが実証された。例えば、筋弛緩効果のあるダントロレンを投与することでこの筋組織モデルの収縮力が減少する様子を観察することができる。さらに、その減少率・減少速度が濃度依存的に変化することを捉えることができており、薬剤の影響を詳細に可視化できる組織モデルであることを明らかにしている。また、当筋組織モデルに筋への異なる作用が報告されているクレンブテロールを添加したところ、低濃度(~10μM)では筋組織の収縮力が増加する効果が見られる一方で、高濃度(100 μM)では逆に筋収縮が著しく低下する現象が観察されている。
このように、筋にとって最も重要な機能である収縮力の変化を観察することで、クレンブテロールの複雑な機構を生体外で捉えることが可能になった。さらに、クレンブテロール投与後に持続的に収縮し続ける強縮という状態を観察すると、特定の濃度において筋力のピーク値は変化しないにもかかわらず、継続的に収縮するための持続性のみが低下していることを発見している。このように、筋機能が部分的に影響を受けていることも定量的に知ることができる非常に有用なツールであることが実証されたわけである。
薬剤の影響を収縮力の変化によって捉えることが可能なヒト筋組織モデル
今回の研究において、筋に作用する薬剤の影響を収縮力の変化によって捉えることができるヒト筋組織モデルと収縮力計測システムを構築することに成功した。ヒトの筋組織であることのメリットを活かすことによって、これまでの動物実験では得られなかった新たな視点から薬剤の影響を知るツールとして、今後の筋疾患研究に利用されていくことが期待されている。
研究グループは、「今回開発した筋組織モデルは正常な筋組織に対する薬剤の影響を知るために有効であり、現状の薬剤が筋に対してどのような作用・副作用をもたらすかを調べるために利用できる。さらにこの技術を応用することで、筋疾患を生体外で再現できる疾患組織モデルの開発が可能となるため、難治性筋疾患の治療法開発などにつながる革新的な技術として将来的に活用が拡大されていくことが大いに期待されているところである」と述べている。
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・東京女子医科大学 プレスリリース