統合失調症の幻聴の有無による脳構造の変化を過去の研究より大きなデータセットで検討
東京大学は12月22日、磁気共鳴画像(MRI)から得られた脳構造画像を用いて統合失調症の幻聴に関連した脳構造特徴について研究を行い、幻聴に関連する脳部位を明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院総合文化研究科附属進化認知科学研究センター・小池進介准教授(ニューロインテリジェンス国際研究機構 連携研究者)、同大医学部附属病院精神神経科・笠井清登教授(ニューロインテリジェンス国際研究機構 主任研究者)、同放射線科・阿部修教授、浜松医科大学医学部精神医学講座・山末英典教授(前東京大学医学部附属病院精神神経科准教授)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Translational Psychiatry」オンライン版に掲載されている。
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統合失調症は人口の約1%が罹患する精神疾患で、幻覚や被害妄想などの陽性症状、抑うつや自閉などの陰性症状、認知機能障害が組み合わさった症候群。特徴的な幻覚として幻聴があり、会話をしている声が聞こえたり話しかけてくる「対話性幻聴」、行動を命令してくる「命令性幻聴」、自分の考えが声になって聞こえる「考想化声」など、単に音が聞こえるのではなく、比較的複雑な形式なのが特徴的だ。
一方、統合失調症でも幻聴を体験しない者も多くおり、なぜ同じ症候群の中で幻聴体験の有無が生まれるのかは不明だった。これまで多くの研究グループが統合失調症における幻聴に関連する脳構造特徴を指摘してきたが、研究結果が一致しないことが多く、一貫性のある結論は得られていなかった。その主な理由として、サンプルサイズが十分ではない、幻聴体験を聴取する手法の信頼性が低いことなどが挙げられてきた。これまでの研究では、幻聴体験の有無についてMRI撮像時の臨床診断のみを使用することが多く、想起バイアス(過去を想起する際に、研究参加者が記憶の曖昧さにより正確性に欠ける情報を実験者に伝えることで起こる誤差)の可能性が指摘されていた。
そこで研究グループは今回、3つのMRI脳構造データを結合し、これまでより大きなサンプルサイズのデータセットを解析することにより、統合失調症の幻聴あり群、幻聴なし群、健常対照群の3群を比較検討し、幻聴体験に関連した脳構造特徴を明らかにすること、さらに、幻聴持続に関連する脳構造特徴について明らかにすることを目的に研究を行った。
統合失調症87人と健常対象117人の脳構造画像を比較、幻聴あり群の脳構造特徴を明らかに
統合失調症87人(幻聴あり58人、幻聴なし29人)、健常対照117人の脳構造画像を用い、68部位の皮質表面積、68部位の皮質厚、14部位の皮質下体積の比較を実施。幻聴の有無は、2人の精神科専門医がカルテ情報、入退院サマリー情報を詳細に調査した。
その結果、幻聴あり群の方が左中心前回と左尾側中前頭回の表面積が、幻聴なし群と健常対照群と比べて小さいことが判明した。また、両側海馬の体積、左島皮質表面積が幻聴あり群の方が、健常対照群と比べて小さいことが明らかになった。
幻聴あり群の「左尾側中前頭回の表面積減少」は言語処理機能障害と関係している可能性
この5特徴について、MRI撮像時に行われた重症度評定を用いてさらに検討を実施。幻聴あり群を幻覚症状の有無で2つのカテゴリーに分け、幻聴持続群、非持続群として比較を行った。その結果、幻聴あり群の中で、幻聴持続群は、非持続群に比べて、両側海馬の体積が小さいことが判明した。
幻聴あり群に変化が見られた左尾側中前頭回は、ブロードマンの脳領域55bという発語などの言語操作の役割が示唆されている脳部位を含む。また、左尾側中前頭回は言語作業記憶(ワーキングメモリ)や言語認知処理と関係すると考えられており、その中でも、競合する複数の外部刺激(聴覚、視覚)などから必要な情報を選択する役割を果たすとされている。統合失調症で認められる幻聴は、脳内での言語思考(内言)と外部からの言語刺激(外言)の区別が障害されていることにより起こるという説が提唱されている。今回の幻聴あり群に見られた左尾側中前頭回の表面積減少は、このような言語処理機能の障害と関係している可能性を示唆している。
幻聴に関連した脳部位の機能変化を詳しく検証し、幻聴発生機序の解明を目指す
今回の研究は、いまだ謎に包まれている幻聴の発生機序の理解に貢献すると考えられる。今後、こうした症状発生機序の理解が、より効果的な治療法の開発につながることが期待される。
「今後は幻聴発生の機序の理解をさらに深めるべく、統合失調症の幻聴に関連した脳部位の機能変化を詳しく検証し、幻聴発生機序の解明に努めたいと考えている」と、研究グループは述べている。
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