全ゲノム解析等の計画が進む中、国内のがん患者・家族の意識調査はほとんどない
東京大学医科学研究所は12月22日、がん患者、がん患者家族、市民を対象として、全ゲノム解析研究に関する意識調査を行い、認知度、期待や懸念、解析結果の説明希望を明らかにしたと発表した。この研究は、同研究所公共政策研究分野の李怡然助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Human Genetics」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
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がんゲノム医療の分野を中心に、診断のつかなかった患者に診断をつけることや、新たな治療法の開発、創薬につなげることを目的に、全ゲノム解析が行われるようになっている。日本でも国の主導のもと、がんと希少難治性疾患の患者約10万人を対象とした大規模な「全ゲノム解析等実行計画」が、2019年12月より進められている。がんの全ゲノム解析等実行計画では、解析結果のうち患者がかかっている病気に関連する情報(一次的所見)だけでなく、患者や血縁者の健康管理の参考になる情報(二次的所見)も、患者や血縁者など本人の希望があれば伝えることが検討される。また、将来の医学の発展や企業による研究開発にもデータが利活用されるよう、個人情報を保護しつつデータベースを構築することが目指されている。
これまでの海外や日本の先行研究で、がん患者はがん遺伝子パネル検査(がん遺伝子プロファイリング検査)に対して肯定的な態度をもっていることが報告されている。しかし、全ゲノム解析に対する人々の態度を明らかにしたものはほとんどなかった。日本では、2015年に一般市民を対象に全ゲノム解析研究に対する関心度と懸念、参加意欲を調査した研究はあるものの、「全ゲノム解析等実行計画」の対象となるがん患者とがん患者の家族がもつ期待や懸念は、明らかにはされていなかった。
過去1年間に本人か同居家族ががん治療を受けた人と一般市民に対するアンケート調査を実施
調査会社(株式会社インテージ)のモニターに登録された人のうち、過去1年間に本人または同居家族ががん治療を受けたと回答した20-79歳の男女5,376人と、性・年代・居住地域を日本の人口構成比に合わせて抽出した20-69歳の男女3万5,146人を対象に、無記名のインターネット調査を実施した。調査は、2021年3月24日~26日の期間に行われた。
回答者は1万731人(回収率26.5%)、本人の回答に基づいて、がんの既往歴のある人を「がん患者」、家族の中にがん患者がいると回答した人を「がん患者の家族」、いずれもないと回答した人を「市民」として分析した。市民の回答と比較するため、がん患者とがん患者の家族から70歳以上の回答者を除外し、がん患者1,204人、がん患者の家族5,958人、市民2,915人、計1万77人を分析の対象とした。
がん患者5割・一般市民7割が「全く知らなかった」と回答、期待はがん患者で高く
調査の結果から、がん患者の約5割、がん患者の家族の約6割、市民の約7割が、全ゲノム解析研究について「全く知らなかった」と回答し、認知度は高くないことがわかった。
全ゲノム解析研究に対する期待は、がん患者がもっとも高く、特に自身の病気の診断や治療に有益であること、遺伝性疾患の遺伝子の変化が見つかった場合は家族の健康管理に有益であること、データベースの構築による医療の発展につながることを期待していた。
遺伝情報が適切に保護されるか疑わしいことについて、約6割のがん患者と家族が懸念
一方で、懸念に関しては、がん患者とがん患者の家族ともに、約6割が「遺伝情報が適切に保護されるか疑わしい」と回答していた。がん患者の家族は、「解析結果によって不安を感じないか心配だ」「遺伝性疾患の遺伝子の変化が見つかった場合に、不利な取扱いを受ける可能性が心配だ」について、がん患者よりも、高い懸念をもっていることがわかった。
全ゲノム解析研究に「参加したい」と回答した人に、どのような解析結果を知りたいか聞いたところ、がん患者の85%が「病気の診断や治療に関連する結果」、がん患者の家族は80.9%が「予防や治療法のある病気の発症可能性」と回答した。「遺伝性疾患の遺伝子の変化」については、がん患者の54.5%、がん患者の家族の59.8%が知りたいと回答した。
有用性や限界の説明、いつでも相談し意思決定支援を受けられる体制整備が重要
がん患者の全ゲノム解析研究に対する期待が高いことがわかった。しかし、実際には全ゲノム解析を行っても必ずしも診断や治療に結びつく訳ではなく、臨床的有用性や精度には限界があることを、研究参加者に対し、丁寧に説明することが重要といえる。
全ゲノム解析では、患者が現在かかっている疾患だけでなく、多様な疾患領域にまたがる遺伝子の変化が見つかる可能性があり、また、研究が進展すると、数年後に解析結果の解釈が変更される可能性もありえる。研究参加者が研究参加の際に同意した事項を思い出せないことや、生活環境が変化し結果説明の希望が変わることも想定し、研究参加者や血縁者がいつでも相談し、意思決定支援を受けられるような体制整備が重要と示唆される。
今後は小児がん、希少難治性がん、AYA世代のがんについても期待や懸念を明らかに
今回の研究には、全ゲノム解析がゲノム医療として臨床応用された場合のコストを提示できていないこと、全体として全ゲノム解析の認知度が低い状態での調査であるという限界がある。既存の遺伝学的検査とどの程度区別して理解しているのか、期待や懸念を抱いた背景や理由などは、質的研究により、さらに詳しく探る必要がある。
また、AYA(Adolescent and Young Adult)世代にあたる20~30代の回答者数が限られていたことから、全ゲノム解析の成果が期待される小児がんや希少難治性がんとともに、AYA世代のがん患者や家族の期待や懸念を明らかにすることが、今後の課題であるという。「本研究で行った調査は、2021年3月時点の結果だが、その後、全ゲノム解析に関する啓発や周知が徐々に進みつつある。今後も定期的にがん患者や家族への調査を実施し、期待や懸念を確認する必要がある」と、研究グループは述べている。
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・東京大学医科学研究所 プレスリリース