特定の組織に留まり、局所で感染防御や長期記憶に寄与する「レジデントメモリー型キラーT細胞」
奈良先端科学技術大学院大学は12月14日、インフルエンザウイルス感染やワクチン投与後に肺組織に形成され、病原体を迎え撃つ細胞性免疫の仕組みを明らかにしたと発表した。この研究は、同大先端科学技術研究科バイオサイエンス領域分子免疫制御研究室の川﨑拓実助教、河合太郎教授、バイオサイエンス領域器官発生工学研究室の磯谷綾子准教授、奈良県立医科大学の伊藤利洋教授、北畠正大講師、東京大学医科学研究所の石井健教授、兵庫医科大学の黒田悦史教授、理化学研究所の高村史記チームリーダーらの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」に掲載されている。
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インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスの感染では、一般的には1回目の感染に比べ、2回目の方が免疫応答は素早くなり、増強される。これは1回目の感染により作られた記憶細胞の作用によるものであり、これを利用したワクチンは、感染防御や重症化抑制に貢献している。感染防御には、ウイルスに対する抗体を獲得することが重要であるが、ヒトの身体には抗体以外にもキラーT細胞による細胞性免疫と呼ばれる免疫システムが存在している。キラーT細胞はウイルスに感染した細胞に反応し、細胞死を誘導することで感染細胞ごと除去する。また、キラーT細胞の一部は記憶細胞(メモリー型キラーT細胞)として体内に長期間留まり、次の感染に備える。最近の研究から、メモリー型キラーT細胞の中には全身を循環しているものではなく、特定の組織に留まることで、局所における感染防御や長期記憶に寄与していることが明らかにされている。このタイプのメモリー型キラーT細胞は、レジデントメモリー型キラーT細胞と呼ばれている。特に、肺は新型コロナウイルスやインフルエンザ感染の主要な組織であり、キラーT細胞やレジデントメモリー型キラーT細胞が重症化抑制に大きく貢献している。これらのことから、細胞性免疫と長期免疫記憶を十分に付与できるワクチンの開発が求められている。
肺胞マクロファージが抗原の取り込み・提示を介してキラーT細胞の増殖を促す仕組みは?
今回、研究グループは肺の中で細胞性免疫が形成される仕組みを明らかにすることを目的に解析を行った。研究グループは、1回目の感染により作られる記憶細胞と同様の細胞を誘導するため、まず、モデル抗原としてよく用いられるオボアルブミン(OVA:卵白のタンパク質)をマウスにワクチンとして皮下に注射した。OVAの皮下注射により、OVA特異的なキラーT細胞がマウスの体の中で誘導される。次に、OVA接種10日後に鼻腔内よりOVAを肺の中へ投与し、さらに5日後、肺の中のOVA特異的なキラーT細胞を調べると、顕著に増えていることがわかった。肺の中にはさまざまな免疫細胞が常に呼吸と共に入ってくる病原体を排除するために待ち構えている。どの免疫細胞が捕食しているのかを調べるために、蛍光標識したOVAを肺の中に投与し、捕食した細胞をOVAの蛍光を指標に探索した。その結果、肺に存在するマクロファージである肺胞マクロファージがOVAを捕食していることが判明した。
そこで、肺胞マクロファージを持たない遺伝子改変マウス(Csf2欠損マウス)を用いて、OVAの皮下注射とOVA接種10日後に鼻腔内にOVAを肺の中へ投与した結果、肺の中のOVA特異的なキラーT細胞が増えていないことが明らかになった。また、培養した肺胞マクロファージに抗原を取り込ませ、肺胞マクロファージを持たないマウスに移植すると、肺で抗原特異的なキラーT細胞がマウス体内で増えることがわかった。これらのことから、肺胞マクロファージが抗原を取り込み、抗原提示を介してキラーT細胞の増殖を促進していることをつきとめた。
肺胞マクロファージが分泌するIL-18が、レジデントメモリー型キラーT細胞を誘導
肺の中にいるキラーT細胞の中には、肺の中で長期間留まり、次の病原体からの感染に備えるレジデントメモリー型キラーT細胞がいることが知られている。肺胞マクロファージにより誘導されたキラーT細胞も、一部の細胞がレジデントメモリー型キラーT細胞として肺の中に留まることがわかった。次に、肺胞マクロファージのどのような因子がレジデントメモリー型キラーT細胞の誘導に重要かを調べるため、肺胞マクロファージが分泌するサイトカイン(生理活性物質)を探索すると、インターロイキン18の発現が高いことが明らかになった。そこで、インターロイキン18受容体欠損マウスを用いて検討したところ、レジデントメモリー型キラーT細胞の誘導が抑制されていた。つまり、肺胞マクロファージにより肺の中で増加したキラーT細胞は、インターロイキン18の作用により、その一部がレジデントメモリー型キラーT細胞になることが判明した。
肺胞マクロファージ欠損マウス、インフルエンザウイルス再感染時にも肺のキラーT細胞が増えない
最後に、実際のウイルス感染における肺胞マクロファージの役割を明らかにするため、野生型およびCsf2欠損マウスに低量のインフルエンザウイルスを感染させた。感染30日後に致死量のインフルエンザウイルスに再感染させた。通常、低量のインフルエンザウイルスを感染させた場合、すでに記憶細胞ができていることからその後に致死量のインフルエンザウイルスに感染させても死ぬことはない。実際、インフルエンザウイルスが再感染して5日後の肺のキラーT細胞とウイルス量を測定したところ、野生型マウスではインフルエンザ特異的なキラーT細胞が増加し、肺中のウイルス量が抑制されていた。一方、Csf2欠損マウスではキラーT細胞が増えておらず、肺中のウイルス量が増加していた。このことから、肺胞マクロファージの作用によりウイルス特異的なキラーT細胞が増えることで感染細胞が除去され、ウイルスの増加を抑制していることがわかった。
キラーT細胞による細胞性免疫を付与し、免疫記憶を形成するワクチンの開発につながる
ワクチン接種後や、すでに一度ウイルスが感染した場合、定常な状態でウイルス特異的なキラーT細胞が準備されている。再感染の際には肺胞マクロファージによりウイルス抗原がキラーT細胞に提示されることで、キラーT細胞が素早く増殖し、肺で感染細胞の除去を行うことがわかった。また、肺胞マクロファージにより増えたウイルス特異的なキラーT細胞の一部が、インターロイキン18によりレジデントメモリー型キラーT細胞として維持されることが明らかになった。
肺は新型コロナウイルスやインフルエンザウイルス感染の主要な組織であり、キラーT細胞やレジデントメモリー型キラーT細胞が重症化抑制に大きく貢献している。このことから、キラーT細胞による細胞性免疫を付与すると共に免疫記憶を形成するワクチンの開発は現在の課題の一つとなっている。
「今回、試験管内で抗原と共に培養した肺胞マクロファージをあらかじめ免疫を施したCsf2欠損マウスに移入すると、抗原特異的なキラーT細胞やレジデントメモリー型キラーT細胞が増えることをつきとめた。将来、肺胞マクロファージの移入を用いた『細胞移植型ワクチン』の開発が期待される」と、研究グループは述べている。
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・奈良先端科学技術大学院大学 プレスリリース