免疫や細胞増殖に重要と考えられるFKBP12、その機能についての理解は不足していた
東京大学は12月14日、免疫抑制剤との結合分子であるFKBP12は分裂酵母においてアミノ酸の一種であるスレオニンの脱アミノ化を触媒するTda1タンパク質の機能を抑制し、それによりイソロイシンの生合成を抑制することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院農学生命科学研究科の佐々木舞雪大学院生(研究当時)、西村慎一講師、吉田稔教授、理化学研究所、京都大学らの研究グループによるもの。研究成果は、「iScience」にオンライン掲載されている。
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FKBP12はヒトから微生物まで真核生物に広く保存されたタンパク質で、タンパク質のペプチド結合の異性化を触媒する酵素である。免疫抑制剤であるFK506やラパマイシンはFKBP12に結合し、その複合体がさらにそれぞれカルシニューリンおよびmTOR複合体に結合することでそれらの機能を阻害し、免疫反応や細胞増殖を抑制する。FKBP12は細胞内に豊富に存在するタンパク質のひとつで重要な細胞機能を担っていることが想像できるが、ノックアウトをしてもほとんど効果が見られないことから、その機能について理解されていることはごくわずかである。
セリンの代謝を阻害する化合物の探索研究から、分裂酵母でFKBP12がセリン代謝に必須であることを発見
今回研究グループは、FKBP12がイソロイシン生合成経路で最初に働く酵素であるスレオニンデアミナーゼTda1にブレーキをかけ、それによりイソロイシンの生合成を抑制することを明らかにした。研究は別のアミノ酸であるセリンの代謝を阻害する化合物の探索研究からスタートした。セリンはメチル基の供給源でありDNAの原料である核酸や細胞膜の構成分子である脂質などの合成原料となる。このため、がん細胞の増殖や転移にはセリンの代謝が重要で、セリンの代謝を阻害する化合物があれば新しい抗がん剤開発の糸口になると考えたからである。そこで真核モデル生物である分裂酵母を用いて、セリンを唯一の窒素源として培地に添加した(セリン培地)ときにのみ細胞増殖を抑制する化合物を探索したところ、免疫抑制剤であるFK506がヒット化合物として得られた。FK506はFKBP12に結合して作用を発揮することから、FKBP12に結合するほかの免疫抑制剤・増殖阻害剤であるラパマイシンや、薬理活性を示さないFKBP12の阻害剤SLFを試験したところ、いずれもやはりセリン培地において分裂酵母の増殖を抑制した。また、FKBP12をコードする遺伝子を破壊したところ、期待通りFKBP12阻害剤処理と同等の効果を示したことから、分裂酵母がセリンを利用するにはFKBP12が必要であることが明らかになった。
FKBP12はTda1の酵素活性を抑え、細胞増殖に必要なイソロイシン合成にブレーキをかける
FKBP12の下流で働く分子を明らかにするために、細胞内の代謝物を一斉検出するメタボローム解析を行い、遺伝子破壊株や遺伝子発現低下株を用いた遺伝学スクリーニングを行った。するとFKBP12の阻害剤により細胞内のスレオニンの蓄積量が変化すること、スレオニンデアミナーゼをコードするtda1遺伝子の発現抑制によりセリン培地で特に細胞増殖が抑制されることが明らかとなり、Tda1タンパク質がFKBP12によって調節される相手である可能性が示唆された。Tda1はイソロイシンの生合成経路で最初に働く酵素で、tda1遺伝子の発現を強力に抑制するとイソロイシンを合成できず、通常の培地でもイソロイシンがないと細胞が増殖できなくなる。ところが、tda1遺伝子の発現を抑制しても、FKBP12のノックアウトやFKBP12阻害剤の処理よりも細胞増殖抑制が見られないこと、FKBP12をノックアウトした細胞ではTda1の酵素活性が上昇することが明らかとなり、FKBP12がTda1の酵素活性を抑えていることが示された。
Tda1はスレオニンを基質としてα-ケト酪酸を合成し、それがイソロイシン合成の基質になる。これまでにイソロイシンがTda1タンパク質の活性をフィードバック阻害することや、イソロイシンと似たアミノ酸であるバリンがこのフィードバック阻害を解除することが知られていたが、今回の研究によりTda1はさらにFKBP12によってブレーキが掛けられていることが明らかになった。ブレーキをかけることの生理的な意義はいまだ未解明であるが、イソロイシンが細胞内に過剰に存在することは細胞にとって不都合である可能性を示唆しているという。研究グループは、「ほかの真菌類でもスレオニンデアミナーゼがFKBP12により同様の機能抑制が行われているのかも興味深い点である。これらを解明することによって、ヒトには存在しないTda1が真菌の増殖を特異的に抑制するための新たな治療薬ターゲットになることが期待できる」と述べている。
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・東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 研究成果