ユニバーサルiCAR-T細胞が期待される中、固形がんは通常のCAR-T細胞でも治療難易度「高」
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は12月13日、マウスの固形がんモデルにおいても抗腫瘍効果を発揮するCAR-T細胞をiPS細胞から作製する方法を開発したと発表した。この研究は、CiRA増殖分化機構研究部門の上田樹研究員(現:シカゴ大学ポスドク研究員)と金子新教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Biomedical Engineering」にオンライン掲載されている。
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T細胞やNK細胞などの細胞傷害性免疫細胞は、がん免疫療法において、CARなどの遺伝子を搭載した自家移植用細胞の供給源となることが知られている。2013年に初めてiPS細胞から抗原特異的T細胞を分化させる手法が報告されて以来、iPS細胞技術を用いたがん免疫療法の応用に向けた研究が進められている。近年では分化誘導法の改良が進み、血液がんの動物モデルにおいては、健常人の初代培養T細胞に匹敵する治療効果を持ったiPS細胞由来CAR-T細胞(iCAR-T細胞)が報告されているほか、iPS細胞の免疫原性を遺伝子操作で減弱させて「ユニバーサル」化したiCAR-T細胞の有用性も報告されるなど、同種(他家)移植細胞治療へのiCAR-T細胞の貢献も期待されている。
一方で、通常のCAR-T細胞治療においても、固形がんは血液がんに比して治療の難易度が高いがんであることが知られている。腫瘍組織への免疫細胞の到達やその場での増殖、エフェクター機能の発揮とその持続といった要件を満たす必要があり、治療効果を期待するには、依然として改善が必要な状況である。今回、研究グループはCARシグナルを補完するT細胞活性化シグナルに着目し、遺伝子改変を行うことによって、腫瘍局所におけるiCAR-T細胞の挙動の改善と、固形がんに対するiCAR-T細胞の治療効果の向上に取り組んだ。
共刺激分子を先に導入で、CAR遺伝子導入はiPS細胞からT細胞への分化に大きく影響せず
一部のCAR遺伝子の構成は予期しない持続的なCARシグナル伝達を生じさせるために、CAR-T細胞の機能低下を引き起こすことがわかっている。研究グループはまずCAR遺伝子の構成がiPS細胞からT細胞への分化に及ぼす影響を調べた。T細胞受容体シグナル(第一のシグナル)伝達時に共刺激(第二のシグナル)分子として機能する4-1BBおよびCD28に関して、構成の異なる4種類のCAR遺伝子(19z、1928z、19bbz、1928bbz)をiPS細胞にそれぞれ導入した。その後、T細胞への分化誘導を行ったところ、4-1BBを含むCAR(19bbz)と、CD28と4-1BBを両方含むCAR(1928bbz)では、iPS細胞へのCAR遺伝子の導入による分化誘導への有意な影響がないことがわかった。
酵素DGK欠損iCAR-T細胞、固形がんモデルマウス腫瘍局所での増殖と生存が改善
次に、iCAR-T細胞(iCAR-TCTL)の機能を詳細に解析したところ、通常のCAR-T細胞に比較して、CARの下流のシグナル伝達経路にある分子のリン酸化が不足し、活性が弱くなっていることが明らかになった。そこで、iCAR-T細胞のエフェクター機能を向上させるために、T細胞受容体シグナル(第一のシグナル)を増強させる方法を検討した。
まず、研究グループは、T細胞受容体シグナルを阻害するタンパク質として知られているジアシルグリセロールリン酸化酵素のDGKαとDGKζに着目した。これまでにマウスの実験でDGKαとDGKζを阻害すると、T細胞のエフェクター機能が向上することが報告されている。今回の研究ではDGKαとDGKζを欠損させたiCAR-T細胞(DGK-dKO-iCAR-TCTL)を作製し、T細胞受容体シグナルを増強させた効果について、固形がんマウスモデルによる評価を行った。
DGKを欠損させたiCAR-T細胞(DGK-dKO-iCAR-TCTL)を固形がんモデルマウスに投与したところ、DGKを欠損させていないiPS細胞由来CAR-T細胞(iCAR-TCTL)と比べ、より多くの細胞障害性T細胞が腫瘍局所に検出され、長期にわたって存在した。この結果は、遺伝子改変によりiCAR-T細胞の腫瘍局所での増殖と生存が改善されたことを示している。
膜結合型IL-15/IL-15Rα遺伝子の導入により、腫瘍における増殖性や持続性が向上
T細胞の活性化には、T細胞受容体シグナル、共刺激シグナルに加えて、サイトカイン刺激によるシグナル(第3のシグナル)も重要である。これまでに、研究グループは膜結合型IL-15/IL-15Rα(mbIL15)遺伝子の導入によって、iCAR-T細胞の体内残存が改善し、血液がん治療効果が改善されることを報告している。そこで、今回の研究でもDGK-KOに加えて、mbIL15をiCAR-T細胞に導入し、効果を評価した。mbIL15を導入したiCAR-T細胞(iCAR-TCTL-mbIL15tg)は、mbIL15を導入していない細胞(iCAR-TCTL)と比べて腫瘍における増殖性および持続性の向上が確認された。
DGK欠損+膜結合型IL15遺伝子導入、免疫療法が困難な肝細胞がんマウスの腫瘍形成を抑制
次に、卵巣がんモデルマウスを用いて、DGKの欠損と膜結合型IL15遺伝子の導入を組み合わせたことによる効果を調べた。その結果、いずれか一方の操作を施したiCAR-T細胞と比較して、両方の操作を行なったiCAR-T細胞が長期に腫瘍で効果を発揮し、腫瘍モデルマウスの生存を改善した。
最後に、がん免疫療法が困難な固形がんのモデルへの効果の検証として、皮下にがん細胞を播種した肝細胞がんモデルマウスに、DGK欠損と膜結合型IL-15の遺伝子導入をおこなったiCAR-T細胞を静脈注射で投与した。その結果、腫瘍形成を有意に抑え、固形がんモデルマウスの生存率を改善させることができた。
今回の研究により、CAR遺伝子の適切な構成の選択と分化誘導法の最適化、さらに細胞の活性化を促す遺伝子操作を組み合わせることで、高機能なiPS細胞由来CAR-T細胞を作製することが可能であることが示された。「本研究結果は、iPS細胞由来CAR-T細胞が固形がんにも治療効果を持つ可能性があることを示している」と、研究グループは述べている。
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