肝がん進行はNASH患者の1割程度、全員に頻繁な検査を受けてもらうことは難しい
慶應義塾大学は12月12日、非アルコール性脂肪性肝炎(non-alcoholic steatohepatits、以下NASH)患者の経過観察中における、肝細胞がん発生リスク診断法を開発したと発表した。この研究は、同大医学部病理学教室病因病理学分野の藏本純子専任講師、新井恵吏准教授、金井弥栄教授、国立国際医療研究センター、北海道大学大学院医学研究院らの研究グループによるもの。研究成果は、「Clinical Epigenetics」にオンライン掲載されている。
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NASHは、大量飲酒などをしておらず、肝炎ウイルスなどにも感染していないものの、肝臓に脂肪が溜まって炎症が引き起こされ、この状態が長年続くと肝硬変や肝細胞がんになるという病気で、肥満・糖尿病・脂質異常症などと関連して起こるとされ、近年、ウイルス性肝炎にとってかわって、肝がんの発生要因となっている。早期に肝がんを発見することは治療成績の向上に重要であるが、NASH由来肝硬変の患者がさらに肝がんまで進んでしまう頻度は11%程度とされている。したがって、NASH患者全員に、肝がんの診断のための画像の検査などを頻繁に受けてもらうことは困難である。NASH患者のうち特に肝がんになるリスクの高い患者がわかれば、継続して病院に通うようにお願いし、画像診断を行なって肝がんを早期に見つけ、治療成績の向上につなげられると期待される。早い段階にリスクがわかれば、肝がんにならないよう、NASHの進行を止める治療を行うことも可能と考えられる。
DNAメチル化とは、DNAにおいて遺伝情報を書き込む暗号文を構成しているT・C・G・Aの4文字(塩基)のうちの、C(シトシン)塩基にメチル基が結合するDNAの飾り(修飾)のことである。DNAに結合するヒストンというタンパク質の修飾と並んで、遺伝子からタンパク質が作られる量を調節する「エピジェネティクス機構」の一つである。正常細胞ではメチル基が通常結合していないシトシン塩基に、新たにメチル基が結合してしまうようなDNAメチル化異常が起こると、発がんに関係する遺伝子からタンパク質ができる量が変わったり、細胞核中の遺伝情報を担う「ゲノム」が不安定な状態になる。研究グループは、DNAメチル化異常がこうした重要な発がん要因となることに以前から注目していた。
患者手術検体からゲノム全体のDNAメチル化を解析、マーカー候補のC塩基を21か所選出
研究に同意した患者の手術検体のうち、患者自身の診療のための病理診断を邪魔しない部位から、正常肝組織・NASHを発症しているだけではなくすでに肝がんの発生母地になってしまった肝組織(発がんリスクのあるNASH検体)・NASHを背景にして起こった肝細胞がん組織の3種類の組織を、研究用に採取した。検体の顕微鏡所見を病理学的に厳密に観察したのち、「高密度ビーズアレイ」を使ってゲノム全体のDNAメチル化状態を調べ、正常肝組織と発がんリスクのあるNASH検体を見分けるのに役立つシトシン塩基を450か所見つけた。このような発がんリスク段階(前がん段階)のDNAメチル化異常は、その後のNASH由来肝がんに受け継がれていたことから、DNAメチル化を目印にして、NASH患者の発がんリスク診断ができるだろうと考えた。
発がんリスク段階でのDNAメチル化異常は、「クロマチン構造」を決めてタンパク質の作られ方を制御する遺伝子や、細胞周期・DNA修復を司る遺伝子に多く見られ、DNAメチル化異常によりクロマチン修飾・細胞周期・DNA修復が正常に進まなければ、発がんリスクが高まっていくのは妥当と考えられた。そこで、以前すでに取得していた「NASHを発症しているが、肝がんにはなっていない患者の肝組織(発がんリスクの少ないNASH検体)」のデータともさらに比較し、450か所の中から臨床現場での発がんリスクマーカーとして有望なシトシン塩基を21か所選び出した。この21か所のシトシン塩基のDNAメチル化率を測定すれば、顕微鏡所見などだけでは予測しきれない、発がんリスクを診断できると考えられた。
臨床検査に適したHPLC法による発がんリスク診断法を開発、3つのバイオマーカーで感度95%
ゲノム全体のDNAメチル化状態を調べる時に使った「高密度ビーズアレイ」などの研究のための手法は、大型の機器を使い、多数検体を高効率で調べることができるが、病院の検査室などで、一人ずつ来院する患者の検体を調べるのには向いていない。さらに、患者の組織検体は、肝細胞、血管内皮細胞、炎症細胞など多種類の細胞が混在しているため、多種類の細胞のDNAメチル化状態を区別せずに測定してしまう方法は臨床検査に適していない。そこで研究グループは多細胞系列が混在した臨床試料のDNAメチル化率を短時間で精密に測定できる独自に開発したHPLC法を適用しようと考え、21か所のシトシン塩基のうちHPLC法の解析に適した5か所を、NASH患者における発がんリスク診断のために用いることとした。
検査の信頼度を高めるために、バイオマーカー候補を見つけるのに用いた検体とは別の患者の検体を解析し、5か所のシトシン塩基のうち特に3か所のシトシン塩基のDNAメチル化率をHPLC法で測定すると、再現性が高いことがわかった。この様なバイオマーカーとなるシトシン塩基は、ZC3H3・LOC285847両遺伝子上に位置していた。3か所のバイオマーカーとなるシトシン塩基のDNAメチル化率をHPLC法で測定し、2か所以上で診断基準を満たす場合を陽性と判断すれば、肝がんの発生母地となったNASH検体を、95%の感度で「発がんリスクがある」と正しく診断することができた。
NASHの病理診断時の肝生検検体の一部で実施可能
この発がんリスク診断は、NASHの病理診断を行うために実施する肝生検の検体の一部を使って実施できると考えられ、この場合、MASH患者には、新しい発がんリスク診断のための余分な身体的負担等はかからない。「この発がんリスク診断が普及すれば、肝がん発生リスクをあらかじめ知ってがんの早期診断につなげたり、NASHの進行を食い止めたりする治療を行うことで、予後改善と治療成績向上につながると期待される」と、研究グループは述べている。
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