内耳の市松模様と聴覚機能の関係については長年不明だった
神戸大学は12月8日、内耳コルチ器でみられる細胞の市松模様が聴覚に必須であることを、マウスを用いた研究により初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科の富樫英助教、兵庫県立こども病院の勝沼紗矢香博士らの研究グループによるもの。研究成果は、「Frontiers in Cell and Developmental Biology」にオンライン掲載されている。
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音を聞くために必要な内耳蝸牛管の奥にはコルチ器があり、顕微鏡で覗くと2種類の細胞が互い違いに並ぶ規則正しい市松模様が現れる。音の振動を脳に伝えるための有毛細胞は、有毛細胞同士が決して接することのないように支持細胞によって隔てられており、コルチ器を上から見ると2種類の細胞がちょうど市松模様のように並んでいる。この市松模様は、コルチ器が正しく機能するために必要だと考えられてきたが、市松模様と聴覚機能の関係については長年にわたって不明なままだった。
研究グループはこれまでに、内耳の市松模様は、有毛細胞と支持細胞が細胞選別と呼ばれるメカニズムにより自ら動いて並び形成することを明らかにしていた。有毛細胞と支持細胞はそれぞれ異なる接着分子ネクチンを発現することで、有毛細胞同士、あるいは、支持細胞同士がくっつくよりも、有毛細胞と支持細胞の方がよりくっつきやすい性質を持っている。この性質によって有毛細胞と支持細胞は互い違いの市松模様に並ぶことができる。そして、この接着分子ネクチンの一部が働かないようにしたマウスでは、有毛細胞と支持細胞のくっつきやすさが変化してしまい、市松模様が正常につくられないことがわかっていた。
接着分子ネクチンKOマウスは中程度の難聴
今回の研究では、内耳コルチ器の細胞が市松模様に並ぶことができないマウスを使って、細胞の市松模様と聴覚機能の関係を調べた。接着分子ネクチンの一部が正常に働くことができないマウス(ネクチン-3 KOマウス、以下ネクチンKOマウス)と正常なマウスの間では、生まれてすぐのコルチ器を構成する有毛細胞と支持細胞の数には違いはない。しかし、有毛細胞と支持細胞の接着しやすさが変化することで、本来なら接着することのない有毛細胞同士が接してしまい、市松模様の細胞の並び方が異常になってしまう。
そこで研究グループはこのマウスの聴力を調べることで、聴力と市松模様の関係を明らかにできるのではないかと考えた。生後1か月が過ぎたネクチンKOマウスの聴覚機能を聴性脳幹反応(ABR)と呼ばれる方法で計測したところ、ネクチンKOマウスは中程度の難聴であることがわかった。同時に、ネクチンKOマウスの難聴が内耳の異常に由来することが示唆された。
ネクチンKOマウスで有毛細胞だけがアポトーシス、有毛細胞同士の接着が原因?
ABRを行った生後1か月のネクチンKOマウスの内耳コルチ器を調べてみたところ、有毛細胞の数だけが半分程度に減少していることがわかった。さらに、どのようにして有毛細胞だけが失われているのかを調べたところ、生後2週間以降に有毛細胞だけがアポトーシスで失われることがわかった。また、アポトーシスの痕跡を調べると、隣り合った場所での細胞死が多く見られたことから、研究グループは本来接着することのない有毛細胞同士が接することが原因となってアポトーシスが生じたのではないかと考えた。
市松模様は、有毛細胞同士の接着を妨げて有毛細胞の生存と機能を保証する構造的な基盤
コルチ器を含む上皮組織では、細胞と細胞の間に密着結合(タイトジャンクション)が形成され、隣り合う細胞をつなぐだけでなく、イオンを含むさまざまな分子が細胞間を通過するのを防いでいる。コルチ器の密着結合が形成されないと、有毛細胞が正常に機能しないだけでなく、細胞が失われ、難聴疾患の原因となることが知られている。
ネクチンKOマウスの有毛細胞同士が接着した場所では、密着結合が正常に形成されていないことがわかった。一方、有毛細胞と支持細胞マウスでは、有毛細胞だけがアポトーシスの間では密着結合が正常に形成されており、有毛細胞同士が接していなければ、細胞は正常に残っていた。本来ならば接することのない有毛細胞が接着した場合だけに、その間の密着結合が正常に形成されず、これが有毛細胞のアポトーシスを誘導すると考えられた。これらの結果から、コルチ器で見られる有毛細胞と支持細胞がつくる市松模様の細胞パターンは、有毛細胞同士が接着することを妨げることで、有毛細胞の生存と機能を保証する構造基盤として働いていることが初めて明らかになった。
細胞の自己組織化という新たな視点から感覚器の機能と難聴疾患の理解に期待
ネクチンはマルガリータ島症候群の原因遺伝子として報告されており、口唇口蓋裂や発達遅滞の他、難聴の例も見られることから、これまで不明であった難聴の新たな病態についての理解も得られた。
研究では、聴覚に働く内耳コルチ器に着目して、細胞のモザイクの生理的意義を示したが、嗅覚に働く嗅上皮や、視覚に働く眼の網膜などでも同様に、外界の刺激を受け取る感覚細胞と支持細胞が互い違いに並ぶモザイクパターンを見ることができる。また、哺乳類だけでなく、さまざまな生物で細胞のモザイクパターンが保存されているということは、これが機能的に重要であることを示唆している。
「感覚組織のモザイクパターンは、細胞ごとの接着性の違いによって自己組織的につくられることから、今後は感覚器における細胞の自己組織化に着目することで、感覚器の機能の理解が進み、疾患への応用も進むことが期待される」と、研究グループは述べている。
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