オレキシンシステムを利用した不眠症治療薬、安心・安全な改善が望まれている
京都大学は12月2日、不眠症治療薬であるデエビゴ(一般名:レンボレキサント)が結合したオレキシン2受容体(OX2R)の立体構造を解明したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科の浅田秀基特定准教授、林到炫助教、岩田想教授、千葉大学大学院理学研究科の安田賢司特任准教授、村田武士教授、関西医科大学の寿野良二講師らの研究グループによるもの。研究成果は、「Structure」にオンライン掲載されている。
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通常、ヒトは夜になると自然に眠くなり、朝になると目が覚めるという睡眠と覚醒のサイクルを維持している。この睡眠と覚醒のサイクルはオレキシンシステムによって支えられているが、このシステムは睡眠・覚醒の調節だけではなく、摂食行動など哺乳類において根源的な行動を調節するなど哺乳類にとって非常に重要だと考えられている。
オレキシンシステムは、視床下部で産生される生理活性神経ペプチドの一種であるオレキシンAとオレキシンBが、脳内に発現するGタンパク質共役型受容体(GPCR)であるオレキシン1受容体(OX1R)およびオレキシン2受容体(OX2R)に結合することで制御されている。オレキシンシステムの重要性は、オレキシンまたはOX2Rの欠失がナルコレプシーと呼ばれる過眠症を引き起こすという発見によって認識され、オレキシンシステムの安定が睡眠・覚醒の安定に重要であることが示された。これらの研究成果から、オレキシン受容体に対する不眠症治療薬が開発されるに至った。不眠症は、睡眠障害の中で最も高頻度に認められる病態であり、日本人の約20%が不眠で悩んでいると言われ、もはや国民病と言える病気となっている。また、多くの方が不眠症治療のため睡眠薬を服用しているが、オレキシン受容体に対する薬は依存性の低さなどの特徴があるため広く使用されている。一方、傾眠等の副作用も見られることから、これらの薬がより安全、安心に使用できる改善が望まれているのが現状である。
不眠症治療薬レンボレキサントとスボレキサント、OX2R結合時の結晶構造を比較
OX2Rは、オレキシンAやBと呼ばれる神経ペプチドと結合することで睡眠、覚醒サイクルを維持・制御する重要な受容体である。そのため、OX2Rは不眠症治療薬の重要な標的となっている。これまで、不眠症治療薬であるベルソムラ(一般名:スボレキサント)が結合したOX2Rの構造は明らかになっていたが、レンボレキサントが結合した構造は未知のままだった。
今回研究グループは、レンボレキサントが結合したOX2Rの結晶化に成功し、X線結晶構造解析法によりその立体構造を原子レベルで解明した。膜タンパク質の結晶化には、精製、結晶化、X線回折実験、構造解析など多くの技術が必要となる。特にX線回折実験は播磨理研の大型放射光施設SPring-8のBL32XUで行う必要がある。このビームラインは膜タンパク質の結晶の測定に適しており、この装置の利用は膜タンパク質のX線結晶構造解析には必須である。
不眠症治療薬の効果の差、OX2R受容体への結合様式の違いである可能性
研究グループは得られたX線回折データから2.89オングストローム(1オングストロームは100億分の1m)の分解能でレンボレキサントが結合したOX2Rの構造を決定した。この構造をスボレキサントが結合したOX2Rやレンボレキサントが結合したOX1Rの構造と比較した結果、レンボレキサントとスボレキサントは受容体の同じ部位に結合していたが、その結合様式には大きな違いが認められた。この違いが、レンボレキサントとスボレキサントの親和性の差である理由であると考えられた。また、OX1RとOX2Rの比較で、レンボレキサント自身の形が変わっていることもわかった。これはレンボレキサントの結合に重要なOX1RとOX2Rのアミノ酸が異なっているために生じる変化だった。また、レンボレキサントにとって、OX2Rに結合している時の方がより安定していることがわかり、これがOX2Rに対する親和性が高い理由と考えられた。これらの結果は、同じような薬でもその結合の仕方に違いがあり、その違いにより薬の効果に差が生じる可能性があることを「形」から教えている。このように薬が結合している形を知ることは、薬の最適化につながるものと期待される。
構造に基づく創薬へ利用可能な結果
これまでの研究で決定された構造と、今回研究グループが決定したレンボレキサントが結合したOX2Rの構造を比較することで、不眠症治療薬の違いによって受容体との結合様式が異なることを原子レベルで明らかにした。また、これまでの研究で示されていた薬理活性の違いと構造の間に相関があることも示すことができた。これらの点において今回の研究の結果は、OX2Rを標的とした不眠症治療薬の構造情報に基づいた化合物の探索、いわゆる、構造に基づく創薬(Structure Based Drug design:SBDD)に利用可能であると期待できる。その一方、「睡眠・覚醒サイクルのメカニズムを理解するためにはオレキシン受容体の研究だけでは不完全であることも明らかとなっている。従って、今後は睡眠・覚醒サイクル調節機構の全体像を原子レベルで明らかにしたいと考えている」と、研究グループは述べている。
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