アスタチン標識PSMAリガンド、アスタチンはすでに甲状腺がんで医師主導治験実施中
大阪大学は11月8日、前立腺がんに発現する前立腺特異的膜抗原(PSMA:Prostate Specific Membrane Antigen)を標的とした新たなアルファ線治療に用いるアスタチン標識PSMAリガンド([At-211]PSMA5)の開発に成功したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科核医学の渡部直史助教ら放射線科学基盤機構(機構長:富山憲幸)の研究グループによるもの。研究成果は、「European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging」にオンライン掲載されている。
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近年、狙った標的に結合する化合物に、標識する核種を変えることで、がんの診断から治療まで一貫して実施するセラノスティクス(Theranostics)が注目を集めている。PSMAは、PETを用いた画像診断から核医学治療まで展開できるセラノスティクスの有望な標的として注目されている。
大阪大学では、これまで独デュッセルドルフ大学(Frederik Giesel教授ら)との共同研究によって、PSMAを標的としたPET画像診断の臨床研究を実施してきた。また、国外ではβ線核種のルテチウム(Lu-177)を用いたPSMA治療が注目されているが、Lu-177は国内製造ができないことや、Lu-177治療抵抗性の患者がいることがわかっている。アスタチンは従来の放射線よりもエネルギーの高いα線を放出する核種であり、β線治療抵抗性であっても治療効果が期待できるだけでなく、加速器を用いた国内製造が可能だ。理化学研究所では、重イオン加速器施設「RIビームファクトリー」の加速器を用いて、同研究に必要とされるアスタチン原料を大量製造する技術開発を行い、大阪大学への安定供給を実現したという。
大阪大学では、すでにアスタチン化ナトリウムを用いた難治性甲状腺がんに対する医師主導治験が開始されている。一方で、国内で患者数が多く、アンメットニーズが強い難治性前立腺がんに対する有効な治療法の開発が強く求められている。
マウスで腫瘍退縮効果が長期間持続、大きな副作用は認められず
今回の研究では、PSMAを標的とした新たな前立腺がんに対するアルファ線治療を目的として、複数のPSMAリガンドをアルファ線核種のアスタチン(At-211)で標識を行い、[At-211]PSMA5の開発に成功した。同放射性リガンドを前立腺がんのモデルマウスに単回静脈内投与を行ったところ、腫瘍に高集積を呈すると共に、腫瘍の退縮効果が長期間持続することが確認された。一方で、投与後のマウスに大きな体重の変動はなく、腎臓などのリスク臓器にも大きな副作用は認められなかった。
今後、医師主導治験開始を目指す
同シーズは、日本医療研究開発機構(AMED)橋渡し研究(シーズF)に採択され、医師主導治験の開始を目指して、治験までに必要な非臨床試験(拡張型単回投与毒性試験等)の実施準備を進めている。また、アカデミアとしての研究だけでなく、医薬品としての実用化に向けて、アスタチン創薬の大学発ベンチャーであるアルファフュージョン株式会社との連携体制を構築し、共同研究講座(アスタチン創薬実用化共同研究部門)を通じて、共同開発を進めている。今後の計画として、2年後に医師主導治験を開始し、安全性と有効性を示すことで、同治療法が難治性前立腺がん患者にとって有効な治療選択肢となることを目指すとしている。
外来治療として実施の可能性も
多発転移を伴うホルモン療法抵抗性の患者には化学療法などが実施されるが、副作用が少なくない。一方、核医学治療では重篤な副作用を認めることはまれであり、かつ飛程の短いアルファ線を用いた治療では専用の病室への入院が不要だ。アスタチンは加速器を用いた国内製造が可能であり、製造拠点を整備することで、多くの患者に外来治療として実施できることが見込まれる。将来的には日本発の治療として、世界中で治療を必要としている前立腺がんの患者さんに用いられることが期待される、と研究グループは述べている。
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・大阪大学大学院医学系研究科・医学部 主要研究成果