患者の将来を考える上でも非常に重要な子宮腫瘍の術前診断
東京大学医学部附属病院は11月16日、人工知能(AI)を用いて、子宮肉腫の術前MRI画像の診断システムの開発に成功したと発表した。この研究は、同病院の曾根献文講師、豊原佑典医師、大須賀穣教授、黒川遼研究員、阿部修教授、サイオステクノロジー株式会社の野田勝彦氏、吉田要氏らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。
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悪性腫瘍である子宮肉腫は1万人の女性につき、5人程度の発症とまれな頻度で子宮から発生するがんで、希少がんという位置づけにある。一方、同じく子宮から発生する良性腫瘍である子宮筋腫は成人女性の20〜30%程度が罹患すると考えられている。双方とも同じ子宮から発生する腫瘍であるが、悪性腫瘍である子宮肉腫では子宮全摘手術を行う必要があり、良性腫瘍である子宮筋腫では子宮全摘手術も考慮はされるが、将来妊娠を希望される場合に妊孕性温存手術(子宮そのものを温存して子宮腫瘍のみを摘出する方法)や、薬物治療などで保存的に経過を観察する方法など、治療法は多岐にわたる。逆に子宮肉腫で子宮腫瘍のみを摘出することは、腫瘍の播種による予後の悪化が懸念される。子宮から発生する腫瘍に対してこうした治療方針の検討を行う際に、術前診断は、患者の将来を考える上でも非常に重要となる。
鑑別診断の難しさを解決するため、AIを用いた画像の診断システムを開発
腫瘍の種類を鑑別する方法には、腫瘍マーカーなどの血液検査法による評価、超音波断層法やCT、MRI、PET-CTなどの画像検査法などがあり、特にMRIによる診断が有用とされている。診断技術の発展により、子宮肉腫と子宮筋腫の術前診断精度は向上してきたが、時にオカルト腫瘍とよばれ、実際には子宮肉腫であるものの術前診断が子宮筋腫と診断されてしまう症例や、逆に子宮肉腫と術前に診断され、子宮全摘手術を行ったところ子宮筋腫である症例もみられる。特に子宮筋腫の中でも、変性と呼ばれる腫瘍内部構造変化を伴った変性子宮筋腫では、しばしば子宮肉腫との鑑別診断が難しい場合がある。こうした背景から、研究グループは、人工知能(AI)を用いて、子宮肉腫の術前MRI画像の診断システムの開発に取り組んだ。
263例の術前MRI画像を深層学習し判定
今回の研究は、東京大学医学部附属病院、東京都立駒込病院、公立昭和病院の3施設における子宮肉腫と子宮筋腫を罹患した患者、263例(子宮肉腫:63例、子宮筋腫:200例)の術前MRI画像を対象に行った。子宮肉腫の中には、平滑筋肉腫、内膜間質性肉腫など、さまざまな組織型があるが、今回の深層学習に関しては「子宮肉腫群」および「子宮筋腫群」として学習し、判定も「子宮肉腫」および「子宮筋腫」の2分類を判別した。深層学習と評価判定は、MobileNetV2というネットワークモデルを用いて行った。通常、深層学習では欠落したデータがあることは望ましくなく、多施設から画像を集める際には、欠落データが問題となることがしばしばある。特に希少がんのような場合には、より多くの症例・画像を集めることが重要とされることから、今回は独自の点数評価を行い、15種類のMRI撮像条件を総合的に評価する評価システムの開発にも取り組み、診断率の向上を図った。
AIモデルの正診率は91.3%で放射線科専門医に匹敵、診断補助としての有用性を確認
その結果、生成したAIモデルの「子宮肉腫」および「子宮筋腫」の正診率は91.3%と高い診断能力を示した。今回の症例画像の適正を判断するため、放射線科専門医3名、放射線科専攻医3名が同症例を診断したところ、正診率はそれぞれ、88.3%、80.1%となり、放射線科専門医にも匹敵する成績であったことがわかった。さらに、AIモデルを臨床の場で利用する際には、放射線診断医の補助的な役割を担うことが重要と考え、AIモデルの判定結果がわかる状態で同様の実験を行った。すると、放射線科専門医群、放射線科専攻医群の成績は、それぞれ89.6%、92.3%と上昇し、このAIモデルが診断のサポートの役割を担うことができる可能性が示唆された。
特にAIの診断結果を診断補助として利用することで、放射線科専門医群(71.0%→83.1%)、放射線科専攻医群(47.6%→87.8%)の双方で感度の上昇が認められ、子宮肉腫の見落とし症例であるオカルト腫瘍の誤診断の予防につながると考えられる結果が得られた。
放射線診断医の診断補助や誤診断の予防につながることが示唆される世界初の試み
今回の研究で用いた深層学習による子宮肉腫の術前MRI画像診断の検討は世界初の試みであり、近年の医療画像診断分野で注目されている深層学習の更なる有用性を示すとともに、研究グループが開発したAIによる術前診断システムが、放射線診断医の診断補助、特に誤診断の予防につながることが示唆された。「今後は、本研究で開発されたアルゴリズムをもとに、AIが自動で子宮の病変を見つけて診断する自動診断技術への発展など、さらなる検討により、実際の臨床現場でのさまざまな活用が期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京大学医学部附属病院 プレスリリース