パブロフの条件反射の研究例はあるが、嗅覚系が代謝異常防止に寄与するかはいまだ不明
富山大学は11月15日、五感機能の一つである「嗅覚」が「脂質」の代謝調節に重要な役割を果たすことを発見したと発表した。この研究は、同大学術研究部薬学・和漢系の恒枝宏史教授、笹岡利安教授、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所ワクチン・アジュバント研究センター感染症制御プロジェクトの安居輝人プロジェクトリーダーらの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Metabolism」にオンライン掲載されている。
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ロシアの生理学者イワン・パブロフは今から100年以上前に犬を用いた実験で、空腹時においてエサに関係する知覚情報を捉えると、食前にもかかわらず、消化や吸収機能が高まることを発見した。それ以来、「パブロフの条件反射」は多方面で研究されてきたが、「嗅覚」が代謝機能に及ぼす影響は不明のままだった。最近、複数の研究グループが、嗅覚の感受性を遺伝子操作で変化させたマウスを用いて、嗅覚と代謝機能の関係を調べているが、統一見解は得られておらず、しかも「食べ物の匂い」に注目した研究はこれまで行われていなかった。また、ヒトにおいては、2型糖尿病と嗅覚障害に関連があることが報告されている。しかし、その因果関係は明らかにされておらず、嗅覚系が代謝異常の防止に寄与するかは不明だった。今回の研究ではマウスを用いて、1)空腹時における嗅覚刺激が脂質代謝に及ぼす影響とその機序を解析し、さらに2)長期の嗅覚刺激が2型糖尿病の発症を防止するか検証した。
食前にエサの匂いで嗅覚刺激を受けたマウス、脂質代謝促進、代謝機能最適化
1)空腹時マウスの嗅覚をエサの匂いで刺激した結果、血糖値は不変だったが、血中の遊離脂肪酸(特に代謝改善に関わる不飽和脂肪酸)が増加し、それに伴いケトン体(β-ヒドロキシ酪酸)産生が上昇した。その作用機序を解析した結果、エサの匂いを認知すると、視床下部プロオピオメラノコルチン産生(POMC)神経を介して交感神経系が活性化し、脂肪組織からの脂肪酸の遊離を促進することを明らかにした。さらに、エサの匂いを嗅いだ後に摂食すると、血糖値やインスリン感受性は不変だったが、全身の脂質燃焼効率が増加した。そのメカニズムは、嗅覚系が視床下部アグーチ関連ペプチド産生(AgRP)神経を介して食後の交感神経系活性化を抑制すること、さらに、消化管の脂質吸収、及び肝臓代謝機能の増加、脂肪組織や骨格筋の代謝機能の抑制など、組織ごとに機能を調整して代謝機能を最適化することを発見した。
2)肥満を引き起こす高脂肪食を摂取させたマウスに対し、食前にエサの匂いによる嗅覚刺激を行うと、インスリン抵抗性の改善と血糖値維持による糖尿病発症が防止された。
このように、嗅覚系を介した「パブロフの条件反射」は脂質代謝を促進し、脂質の過剰摂取に伴う代謝異常を防止することを明らかにした。
嗅覚系が新たな創薬標的となり得る可能性を示した初めての研究結果
今回の研究により、哺乳類(マウス)において、嗅覚系が脳を介して脂質利用を促進して2型糖尿病の発症を防止することが明らかになり、嗅覚系が新たな創薬標的となり得ることを初めて示した。「これまで、糖尿病などの代謝異常の防止には、脳を含む臓器間ネットワークへの介入が重要であることは知られていたが、具体的な介入法は未知だった。本研究成果を基に、嗅覚刺激による脳機能の調節を活用した臨床研究が進展し、生活習慣病をはじめとした多くの疾患の予防・治療法が開発されることが期待される」と、研究グループは述べている。
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