超高周波、内受容感覚や自律神経系と密接な関係のある耐糖能に及ぼす影響は?
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は11月10日、ヒトの耳に音として感じることのできない20kHz以上の超高周波を豊富に含む音が、ブドウ糖負荷後の血糖値上昇を顕著に抑制することを、世界で初めて発見したと発表した。この研究は、同神経研究所疾病研究第七部の本田学部長らと、国際科学振興財団(FAIS)情報環境研究所の大橋力所長、河合徳枝特任上級研究員らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」にオンライン掲載されている。
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うつ病や不安障害といった心の病気だけでなく、糖尿病や高血圧などの生活習慣病に対して、ストレスマネージメントが重要であることが広く知られている。しかし、ストレスの原因や対処法はヒトによって大きく異なるため、心理的・主観的なアプローチが主体であり、客観的なアプローチが困難だ。研究グループはこの問題に対して、脳の情報処理の側面から病態解明と治療法開発を目指す新しい健康・医療戦略として「情報医学・情報医療」を提案してきた。その研究開発のなかで、人類の遺伝子や脳が進化のなかでつくられた熱帯雨林の自然環境音や、さまざまな文化圏の音楽には、ヒトの可聴域上限20kHzを超え100kHzに及ぶ超高周波が豊富に含まれるのに対して、都市の環境音やCD・デジタル放送の音声信号にはそうした自然由来の超高周波がほとんど含まれないことを明らかにしている。さらに、超高周波を豊富に含み複雑に変化する音は、自律神経系や内分泌系の中枢である中脳や間脳、およびそこから前頭葉に拡がる報酬系神経回路の脳血流を増大させて活性化するとともに、免疫能を高め、ストレスホルモンを低下させる効果をもつことを発見し、ハイパーソニック・エフェクトとして報告してきた。
今回の研究では、自然環境音に含まれるヒトの耳に聴こえない超高周波が、内受容感覚や自律神経系と密接な関係のある耐糖能に及ぼす影響を、糖尿病の標準的な検査法である経口ブドウ糖負荷試験を用いて検討した。糖尿病の治療を受けていない健康な研究参加者25名を対象として、超高周波を豊富に含む自然環境音(Full-range sound:FRS)、同じ自然環境音から20kHz以上の超高周波を除外した音(High-cut sound:HCS)、暗騒音のみ(No sound:NS)の3つの異なる音条件のもとで経口ブドウ糖負荷試験を実施。今回の研究では、経口ブドウ糖負荷試験で実施する採血のストレスが血糖値に及ぼす影響を最低限に抑えるため、血糖値の計測には、糖尿病患者の日常生活における血糖値を持続的にモニタリングする目的で使用されているFreeStyle LibrePro(米国Abbott社製)を使用した。同装置は、ごく細い針を備えたセンサーを上腕に装着することで、痛みや不快感なく、血糖値を15分ごとに約2週間連続して計測することが可能だ。標準的な経口ブドウ糖負荷試験の手順に従って、75グラムのブドウ糖を含む溶液を飲んだ後、15分ごとに2時間血糖値を計測し、音条件の違いによってブドウ糖負荷後の血糖値上昇がどのように変化するかを調べた。
FRS群で、ブドウ糖摂取後の血糖値上昇が顕著に抑制
研究の結果、超高周波を豊富に含む自然環境音(FRS)を聴いている時には、全く同じ音から超高周波だけを取り除いた自然環境音(HCS)を聴いている時や、暗騒音のみの時(NS、通常の検査環境)と比較して、ブドウ糖を摂取した後の血糖値の上昇が顕著に抑えられることが明らかになった(反復測定分散分析による音条件主効果P=0.000012、FRSとHCSの比較P=0.000012、FRSとNSの比較P=0.0018)。
血糖値上昇抑制、高年齢群・HbA1c高値群など糖尿病のリスク高群でより顕著に
今回の研究対象は糖尿病の治療を受けていない健康な者だが、その中には糖尿病の潜在的なリスクを持った者も含まれる可能性がある。そこで、耐糖能異常のリスクと超高周波による血糖値上昇の抑制効果との関係を明らかにするために、研究参加者を半分ずつ高年齢群(59歳以上)と低年齢群(58歳以下)に分けて別々に解析した。血糖値上昇の全体像を捉えるために、ブドウ糖負荷後の血糖値曲線の下の面積(Incremental Area Under the Curve:iAUC)を指標として用いて、音条件間で比較。その結果、音条件の違いによる血糖値の上昇抑制効果は、高年齢群でのみ観察され(音条件主効果P=0.013)、低年齢群では観察されなかった(音条件主効果P=0.74)。
続いて、実験時に簡易計測したHbA1c(過去1〜2か月間の血糖値を反映し、日常の血糖値が高いほど高値を示す)の値により、高値群(HbA1c 5.5〜6.5%)と低値群(HbA1c 4.5〜5.4%)との半分に分けて別々に解析したところ、音条件の違いによる血糖値の上昇抑制効果は、HbA1c高値群でのみ観察され(音条件主効果P=0.0081)、HbA1c低値群では観察されなかった(音条件主効果P=0.23)。これらの研究成果は、ヒトの耳に聴こえない超高周波を豊富に含む音が、耐糖能異常の潜在的なリスクが高い者の血糖値上昇を抑制することを示しており、糖尿病の予防につながることが期待される。
今後、患者対象の臨床研究で検討を
ストレスマネージメントの重要性は、多くの疾患で指摘されているが、ストレスの内容や対処法は個人によって大きく異なっているため、そのアプローチは主観的・心理的なものにならざるを得ない。一方、今回の研究では、ヒトが音として知覚することのできない超高周波を豊富に含む音によって、ブドウ糖負荷後の血糖値の上昇が抑制されることが明らかになった。このことは、従来の個別性の高い心理的なアプローチとは異なる原理をもち、ヒトにとって普遍性・客観性のある反応を導くことができる音情報を用いた新しいストレスマネージメントの可能性を拓くものと考えられる。さらに、こうした新しい健康・医療戦略は、糖尿病以外にも、例えばうつ病や高血圧などのように、ストレスと密接な関連をもつ疾患にも有効である可能性がある。研究グループは今後、糖尿病以外の疾患についても検討を進めていく予定だという。また、超高周波が血糖値の上昇を抑制する神経メカニズムを詳しく調べていく必要があるとしている。
なお、今回の研究は、糖尿病の治療を受けていない健康な者を対象として実施した。また、超高周波を含む音が血糖値に及ぼす影響を検討する第一歩として、糖尿病の診断目的で標準的に用いられる経口ブドウ糖負荷試験を用いた。従って、超高周波を豊富に含む音が、実際に糖尿病患者の血糖値を長期的に抑制する治療法になり得るかどうかは、今後患者を対象とした臨床研究を実施して検討する必要がある。さらに、予防効果を検証するためには、多くの研究参加者を対象とした大規模で長期間にわたる検討が必要だ。こうした一連の研究開発が実現することにより、情報医学・情報医療が新たな健康・医療戦略として確立されていくことが期待される、と研究グループは述べている。