既存薬とは異なるコンセプトの「強心薬」の開発が求められていた
九州大学は11月4日、交感神経終末から遊離されるノルアドレナリンによる「transient receptor potential canonical(TRPC)6チャネル」の活性化が、亜鉛イオン(Zn2+)の流入を介してβアドレナリン受容体(βAR)の脱感作を抑制することで、交感神経刺激に対する心筋の収縮応答を増強させることを、動物レベルで明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院薬学研究院の西田基宏教授(自然科学研究機構生理学研究所兼任)、小田紗矢香博士(生理学研究所)、西山和宏講師らの研究グループと、自然科学研究機構生理学研究所(生命創成探究センター)、旭川医科大学、京都大学、大阪大学、信州大学などとの共同研究によるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。
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心疾患による死亡者数は国内で年間約20万人に上り、がんに次ぐ2番目の死因となっている。心疾患のうち、死因として最も多いのが心不全だ。慢性心不全は心臓の機能が低下しているものの、状態や症状が安定している状態だ。何らかの原因で心機能が急激に低下(急性増悪)して入院、十分に回復しないまま退院、そして再入院を繰り返し、徐々に心不全が進行する。この急性増悪期に心臓に負担をかけず心機能を保つことが、心不全患者の予後改善につながると考えられる。しかし、心不全患者の5年生存率はいまだ50%であり、この50年間で10%程度しか改善されていない。そのため、これまでの治療薬とは異なるコンセプトに基づいた薬の開発が必要とされている。
心筋細胞βARによる心機能調節の理由は長く不明だった
血圧の急な低下に対する代償反応(自律神経系(交感神経系)を介した心機能の増強)は、全身の血液循環の恒常性を維持するために必要不可欠だ。この圧受容反射応答(=強心作用)の低下は慢性心不全を増悪させる主な原因となるため、強心作用を増強させる治療戦略が長く注目されてきた。
アドレナリン受容体(AR)は、交感神経刺激応答を司る細胞膜上のタンパク質(Gタンパク質共役型受容体:GPCR)であり、心臓のポンプ機能亢進を司るGPCRとして注目されている。心筋細胞にはαARとβARが存在しているが、ノルアドレナリンに対する親和性はαARの方が高いにもかかわらず、βARを使って心機能が調節される理由については長く不明だった。
αAR<TRPC6チャネル活性化<Zn2+流入<βAR脱感作抑制<心臓収縮を増強
研究グループは、Gqタンパク質型共役型のαアドレナリン受容体(αAR)刺激によって活性化されるTRPC6チャネルが、重金属イオンの一つであるZn2+の流入を介して、βアドレナリン受容体(βAR)の脱感作を抑制することで、ノルアドレナリンによる心筋の収縮応答を増強させることを明らかにした。心不全モデルマウスにTRPC6活性化作用をもつ小分子化合物PPZ2を慢性投与したところ、PPZ2投与群では、非投与群と比較して心臓の収縮機能のみならず、組織リモデリング(心肥大や間質の線維化)も強く改善されることが示された。一方、TRPC6欠損マウスでは、PPZ2の心不全保護作用が消失した。また、PPZ2を処置した心不全モデルマウスにおいて、心筋細胞内Zn2+量が顕著に増加することも確認された。
以上の結果から、心室筋細胞のTRPC6チャネル活性化が、Zn2+流入を介して心臓の収縮力を増強させることが明らかになった。
TRPC6チャネルを介するZn2+流入の活性化が、強心薬の新たな戦略となることに期待
また、TRPC6活性化薬が、心不全の急性増悪を抑制することもマウスで示された。今後、TRPC6活性化薬が新たな心不全治療法の開発に貢献するものと期待される。
今回の研究により、TRPC6チャネル活性化がZn2+流入という新しいコンセプトに基づく心不全治療の戦略標的となる可能性が示された。今後、TRPC6チャネルのZn2+透過性のみを強める化合物を探索・同定することで、画期的な強心薬の開発につながることが期待される、と研究グループは述べている。
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・九州大学 研究成果