QOLの低下を引き起こす二次性リンパ浮腫、根本的な治療は困難だった
名古屋大学は10月28日、硫化水素がリンパ管新生を促し、リンパ浮腫に対する治療法となる可能性について調査、検証を行い、DATSというニンニクの匂い成分に多く含まれ、体内に取り込まれると、硫化水素を発生する物質を投与することにより、リンパ浮腫組織において、リンパ管新生を促進させ、浮腫を軽減させる事を発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科循環器内科学の鈴木淳也大学院生、清水優樹助教、室原豊明教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of the American Heart Association」にオンライン掲載されている。
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二次性リンパ浮腫はがん治療におけるリンパ節郭清、放射線療法などにより、リンパ管システムの機能不全が引き起こされ四肢が腫れる疾患である。容姿だけの問題ではなく、四肢の機能障害、皮膚潰瘍、繰り返す疼痛や感染などにより、著しいQOLの低下を引き起こす疾患である。将来がん治療において、より多く放射線療法が行われ、がん治療の進歩により予後が改善する事により患者数が増える事が予想されている。しかしリンパ浮腫は根本的な治療が難しく、弾性ストッキングの装着や運動、スキンケアなどの理学的な対症療法が中心となっており、新しい治療方法の開発が期待されている。
生体内で硫化水素を発生するDATSという成分に注目
そこで研究グループが注目したのが硫化水素(H2S)である。硫化水素は体内にごく少量存在するガス分子で、一酸化窒素や一酸化炭素と同様に体内にてガス情報伝達物質として作用することが知られている。硫化水素は体内において酵素(CSEなど)により生成され、生体における恒常性の維持に重要な役割を担っている。硫化水素の生体内の作用としては、抗酸化作用、免疫や代謝の調整、血管新生や血管拡張など幅広い作用が知られている。また、DATSが生体内で硫化水素を発生する事もわかっている。研究グループでは以前に虚血組織において、DATSの投与により血管新生が促進され、下肢虚血が改善するという報告をしている。今回の研究では、硫化水素のリンパ管新生を調節する機構を解明し、さらにはDATSの投与が二次性リンパ浮腫組織に対する新規治療となり得るか否かに関して評価、検証を行った。
CSE-KOマウスではリンパ浮腫組織の硫化水素濃度が低下、4週間後にリンパ浮腫が増悪
今回の研究において、マウスの尻尾の皮下組織表層のリンパ管ネットワークを焼灼・分断し、人為的に2次性リンパ浮腫モデルを作成し検証を実施した。まず生体内にて硫化水素を発生させる酵素であるCSEを遺伝子改変により欠損したCSEノックアウト(CSE-KO)マウスと、通常の野生型マウスを対象群としてリンパ浮腫を作製したところ、リンパ浮腫組織における硫化水素濃度はCSE-KOマウスで低下している事を確認した。次に、リンパ浮腫作成4週間後まで観察すると、CSE-KOマウスではリンパ管の発達が乏しく、リンパ浮腫の程度が増悪する事が明らかとなった。
DATS投与により、リンパ管新生が促進しリンパ浮腫の程度が軽減
一方、野生型のマウスに対してリンパ浮腫を作成しDATSを腹腔内に投与したところ、DATSを投与しなかったマウスに比べ、血液中やリンパ浮腫組織中の硫化水素濃度が上昇することを確認した。さらには、リンパ浮腫作成4週間後まで観察すると、DATSを投与した群においてリンパ浮腫の程度が軽減する事がわかった。次に、免疫蛍光染色を行い顕微鏡でリンパ浮腫組織を観察すると、DATSを投与したマウスではより多くの新生リンパ管内皮細胞が認められ、リンパ管新生が促進されることが示された。このことから、DATSの投与により、生体内で硫化水素が生成され、リンパ管新生が促されリンパ管の機能不全が改善され、リンパ浮腫が軽減したことが示唆された。
硫化水素<PI3K/Aktシグナル<リンパ管内皮細胞の遊走能や管腔形成能促進
また詳細な治療機序解明の目的で、培養ヒトリンパ管内皮細胞を用いた細胞レベルでの実験を行った。リンパ管内皮細胞にDATSを添加すると硫化水素が生成され、リンパ管内皮細胞がより活発に増殖し、細胞の遊走能や管腔形成能も促進される事がわかった。また、その過程で硫化水素はリンパ管内皮細胞に直接働き、一部はPI3K/Aktシグナルを介していることも実証した。
今回の研究から、生体内で硫化水素を発生させることで、リンパ管新生を促進し、二次性リンパ管浮腫軽減につながる事が示された。このことから硫化水素を標的とする治療方法が、二次性リンパ浮腫に対する新たな治療になり得る可能性が示された。
研究グループは、「本研究では、マウスにおいて硫化水素を標的とすることでリンパ管新生を促進し、二次性リンパ管浮腫を改善させることが証明された。この結果を受け、今後は中型動物や大型動物での安全性と有効性を検証したのちに、最終的には実際の患者に対する治療法として確立していく事を目指し、さらなる研究を進めていきたいと考えている。」と述べている。
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