ミトコンドリア「機能」「形態」「機能+形態」異常モデルマウスで血球系病態を比較解析
筑波大学は10月12日、ミトコンドリアの機能や形態の異常が、血球細胞の分化に対してどのような影響を及ぼすのかを明らかにするため、ミトコンドリアの機能低下と分裂不全が血球系で同時に現れるマウスを新たに樹立し、その症状がミトコンドリアの機能低下単独や分裂不全単独によって引き起こされるものとどのように異なっているかを検証したと発表した。この研究は、同大生命環境系の石川香助教、中田和人教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Pharmacological Research」に掲載されている。
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ミトコンドリアは真核細胞に含まれる細胞小器官で、有機物を分解して生体エネルギー分子ATPを合成する重要な役割を担っている。ミトコンドリアは細胞内で活発に動き、分裂や融合を繰り返すダイナミックな小器官で、近年、その形態や細胞内での局在(ミトコンドリア・ダイナミクス)も、細胞の機能を維持する上で重要な要素であることがわかってきた。ミトコンドリアが独自に有するゲノムであるミトコンドリアDNA(mtDNA)の突然変異は、ATPの産生機能低下を招き、それによってミトコンドリア病と呼ばれる全身性の代謝疾患を引き起こす。
ミトコンドリアの働きは、血球細胞にも重要な影響を及ぼしていると考えられている。しかしながら、ミトコンドリアに複数の異常がある場合に、血球系にどのような影響が現れるのかを同時に解析した事例は、これまでになかった。また、ミトコンドリア病においては、mtDNAの変異はみな一様にATPの産生機能低下を招くのに、結果として現れる病態が患者ごとに大きく異なり、多様になる仕組みは知られていなかった。そこで研究グループは、ミトコンドリアの機能、形態、そして機能と形態の両方にそれぞれ異常があるモデルマウスを用いて、病態の比較解析を行った。
mt機能異常マウスはPearson症候群の所見、mt分裂不全マウスは質の異なる貧血症状
今回の研究では、mtDNAの突然変異によりミトコンドリアのATP産生機能が低下しているマウス(mt機能異常マウス)、核DNAにコードされたミトコンドリアの分裂因子Drp1が血球系で機能しないマウス(mt分裂不全マウス)、そして今回新たにmt機能異常マウスとmt分裂不全マウスを掛け合わせて得られた、機能と分裂の両方に異常があるマウス(mt機能異常・分裂不全マウス)、の3種類について、血液や骨髄における病態を比較解析し、ミトコンドリアの機能と形態が血球分化にどのように関わっているのかを調べた。
その結果、mt機能異常マウスもmt分裂不全マウスのいずれも貧血を発症することがわかった。それぞれの貧血を詳しく調べてみると、mt機能異常マウスでは、Pearson症候群という、ミトコンドリア病に特徴的な骨髄中の血球前駆細胞の空胞化という所見が認められた。一方、mt分裂不全マウスでは、白血球の構成比が大きく変動するという、mt機能異常マウスでは見られなかった特徴が観察され、このマウスの貧血はmt機能異常によるものとは質が異なるものであると考えられた。ただ、どちらのマウスにおいても、骨髄中のマクロファージや脾臓などの臓器で顕著な鉄の沈着が認められ、鉄代謝の異常は両者に共通する所見であることも示された。
機能と分裂の両方に異常があるマウスは病態がより重篤化
さらに、mt機能異常・分裂不全マウスでは、mt機能異常マウスで観察された病態がより重篤化しており、ミトコンドリアの分裂不全はミトコンドリアの機能異常による影響を相加的に悪化させることが確かめられた。この病態悪化により、鉄顆粒が細胞質中に残存した異常赤血球である担鉄赤血球の割合が顕著に増加することも明らかとなった。
これらのことは、ミトコンドリアの機能と形態が血球分化の過程でそれぞれ異なるプロセスにおいて重要な役割を果たしていることを示すと同時に、両者が協調して作用する過程もあることを示唆している。また、mt機能異常・分裂不全マウスで病態が悪化したことは、mtDNA異常により引き起こされるミトコンドリア病の病態が、核DNAの遺伝子の機能に大きな影響を受けることを意味しており、ミトコンドリア病が、ATPの産生機能低下という一つの現象から多様な病態をもたらすメカニズムの解明につながる知見であると言える。
多様な病態を示すミトコンドリア病のメカニズム解明に期待
Pearson症候群は非常にまれな疾患であるが、mtDNAに変異を有する成体のモデルマウスにおいてその骨髄所見が再現されたのは、世界で初めてである。今回用いたマウスのさらに詳細な解析が、Pearson症候群の発症メカニズムの解明や、治療法の模索につながると期待される。また、今回の研究により、ミトコンドリア病の多様な病態発症のメカニズムの一要素に、核DNAの遺伝子産物との相互作用があることが示唆された。「ミトコンドリア病の病態が多様になるメカニズムは、これ以外にも複数あると考えられ、今後も、モデルマウスを用いた研究を通じて、それらを明らかにしていく予定である」と、研究グループは述べている。
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・筑波大学 TSUKUBA JOURNAL