副作用の少ない治療法の開発が求められるウィルソン病
理化学研究所(理研)は9月21日、肝臓難病であるウィルソン病の患者から樹立したiPS細胞を肝臓の細胞に分化させ、その病態を培養皿中で再現することに成功したと発表した。この研究は、理研バイオリソース研究センターiPS細胞高次特性解析開発チームの林洋平チームリーダー(筑波大学医学医療系連携大学院教授)、筑波大学大学院人間総合科学研究科博士課程の宋丹研修生(研究当時)、東京都医学総合研究所再生医療プロジェクトの宮岡佑一郎プロジェクトリーダー(東京医科歯科大学大学院連携准教授、お茶の水女子大学大学院客員准教授)、高橋剛研究員、筑波大学医学医療系の小田竜也教授、鄭允文准教授(研究当時)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Human Molecular Genetics」にオンライン掲載されている。
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ウィルソン病は、細胞から銅を排出する機能を持つATP7B遺伝子の変異によって起こり、体内に不要な銅が蓄積するために、肝臓や脳などを中心に全身性の障害が生じる難病である。従来の食事制限や銅排出を促す薬による治療は副作用を生じる場合があり、新たな治療法の開発が望まれている。ウィルソン病の病理を研究するために、従来は不死化細胞株や疾患モデルマウスが用いられてきたが、ヒトと実験動物の種間差や、人による変異の種類の違い、個人の遺伝的背景の大きな隔たりという問題があった。
研究グループは、複数のウィルソン病患者由来iPS細胞、そしてゲノム編集を用いて、原因遺伝子であるATP7Bの変異を模倣したiPS細胞を作り、それらのiPS細胞から肝細胞を分化させて比較解析することで、ウィルソン病の病態モデルを培養細胞で再現し、さらに疾患を抑制または治療できる薬剤を探すことができるのではないかと考えた。
4名の患者から樹立したiPS細胞を肝細胞に分化、血中のCp低濃度を再現
研究では、まずATP7B遺伝子に複合変異を持つ4名の患者からそれぞれiPS細胞を作製した。これらのウィルソン病患者由来iPS細胞は、自己複製能、多能性、ゲノム完全性、およびATP7B遺伝子の複合ヘテロ接合型変異を維持していた。次に、これらのiPS細胞の変異ATP7B遺伝子から作られるタンパク質の発現と細胞内での局在を調べたところ、変異の種類に応じて、発現量または細胞内での局在、またはその両方が異常になっていた。
肝細胞で合成されるセルロプラスミン(Cp)というタンパク質は、トランスゴルジ体(ゴルジ体トランス面)でATP7Bタンパク質によって取り込まれた銅に結合した後、血液に分泌される銅含有フェロキシダーゼである。血中のCpの低濃度は、一般にウィルソン病の診断基準として用いられる。今回、ウィルソン病患者由来iPS細胞から分化させた肝細胞においても、Cpの発現と分泌の低下を再現することに成功した。
ゲノム編集でATP7B変異株を作製、有望な治療薬候補としてATRAとレチノイドを同定
さらに、ゲノム編集により、健常者由来iPS細胞株から2種類のATP7B遺伝子変異を持つiPS細胞株をそれぞれ作製した。また、既知のウィルソン病患者由来iPS細胞株(ATP7B R778Lホモ接合体)の変異を修正したiPS細胞株を作製した。
これらのウィルソン病患者由来iPS細胞株とATP7B遺伝子機能欠失iPS細胞株を用いて、疾患表現型と遺伝子型の相関を探り、新しい治療薬候補を探索した。トランスクリプトーム解析により、ウィルソン病肝細胞において、レチノイドシグナル伝達経路と脂質代謝の異常に関連した遺伝子が同定された。そこで、iPS細胞由来肝細胞のCp分泌を上昇させる薬剤を探索したところ、オールトランスレチノイン酸(ATRA)および臨床的に安全性が示されているレチノイドが有望な候補として同定された。また、ATRAはオレイン酸処理したウィルソン病肝細胞の脂質蓄積により誘導される活性酸素種の産生も緩和した。
開発されたアプローチは今後の有用な研究基盤に
今回の研究では、ヒトiPS細胞由来の肝細胞を用い、Cp分泌に基づく薬剤スクリーニングおよび高オレイン酸濃度に対する活性酸素検出のアッセイを開発した。このアプローチは、ウィルソン病肝細胞の初期の特徴を忠実に再現していると考えられるため、ウィルソン病や他の肝疾患における治療技術の開発と分子病態の検討のための有用な研究基盤になると期待できる。さらに、検出方法が明確で応用が容易であるため、将来的には、これらのアッセイを活用して、理想的な治療薬を同定するためのハイスループットスクリーニングシステムを実現することが望まれる。
また、ウィルソン病肝細胞において、レチノイドがCp分泌を回復し、酸化ストレスを緩和することを初めて証明した。Cpの分泌減少と肝脂肪症はウィルソン病の初期症状であるため、今回の結果は、レチノイドがこれらの症状の進行を予防するまたは遅らせる可能性を示しているという。
一方、ATP7B遺伝子の異常がCp分泌や脂質代謝の異常につながる分子機構はまだ不明である。今後の研究では、銅と脂質代謝の関係を調査する必要がある。「本研究成果が、ウィルソン病や関連肝疾患の新たな治療法開発につながることを期待し、今後それを手がける製薬企業などとの連携を望んでいる」と、研究グループは述べている。
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・理化学研究所 プレスリリース