COPD肺の炎症に寄与する特徴的な細胞集団や細胞間相互作用を解析
東京慈恵会医科大学は9月20日、シングルセル解析技術を用いることにより、慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の肺において、新規の2型肺胞上皮細胞を同定したと発表した。この研究は、同大内科学講座呼吸器内科の渡邉直昭助教、藤田雄講師、荒屋潤教授、桑野和善講座担当教授、外科学講座呼吸器外科大塚崇講座担当教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「American Journal of Respiratory Cell and Molecular Biology」オンライン版に掲載されている。
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COPDは、喫煙暴露を主体とする環境因子による慢性炎症と肺気腫を特徴とし、肺炎や急性増悪、肺がんなどを合併する疾患だ。喫煙曝露以外にも、大気汚染や粉塵吸入、化学物質、幼少期の繰り返す気道感染、喘息などが危険因子と考えられている。また、世界におけるCOPDの疫学として2019年のWHOの調査では、COPDは死因の第3位に位置付けられている。COPD発症において、タバコ煙などの有害物質による気道や肺の炎症反応が最も重要な危険因子だが、COPD患者は健常喫煙者に比べ、この気道や肺の炎症の異常な増幅が指摘されている。炎症細胞と炎症メディエーター、プロテアーゼ・アンチプロテアーゼ不均衡説、オキシダント・アンチオキシダント仮説、アポトーシスの関与、遺伝的素因などが考えられているが、詳細な機序は不明のままだ。さらに、肺の炎症は禁煙後も持続することが明らかになっているが、この禁煙後の炎症持続メカニズムも依然不明のままだ。
肺疾患の病態解明を困難にしている原因のひとつに、肺実質および間葉構造の複雑さが挙げられる。特に肺には50種類以上の多種多様な細胞種が存在するとされ、その細胞種特異的なメカニズムのみならず、細胞種間の相互作用についても十分に解明されていない。
シングルセル解析は、Science誌によって最大のブレークスルーにも選出された1細胞レベルでの遺伝子発現解析を可能とした技術。従来のRNA-seqの結果は、複数の細胞種由来の平均の遺伝子発現として得られていたが、シングルセルRNA-seqでは、数千~数万の一つひとつの個性を維持したままRNAを抽出して解析することが可能だ。研究グループは今回、シングルセル解析を応用し、COPD肺の特に上皮細胞に注目して、COPD肺の炎症に寄与する特徴的な細胞集団の同定や細胞間相互作用の解明を試みた。
シングルセル解析で、COPD肺から炎症型の新規2型肺胞上皮細胞「iAT2」を同定
9例のCOPD患者、4例の非COPD喫煙者、3例の非喫煙者由来の肺組織から酵素処理で細胞を単離した後、10x Genomics社のシングルセル遺伝子発現ソリューションを用いて1細胞ずつをラベル後シングルセルRNA-seqを施行し、計5万7,918細胞の遺伝子発現プロファイルを解析した。解析は主にRソフトウェアの「Seurat」などのパッケージを用いて行った。間質細胞、免疫細胞、内皮細胞などの各細胞種の遺伝子発現プロファイルを確認後、病態形成に重要と考えられる上皮細胞に注目して解析した。
まず、上皮細胞のheterogeneity (不均一性)を、Closeness centrality(近接中心性)を応用して定量したところ、COPD肺由来の上皮細胞は正常肺に比して不均一性が拡大し、細胞の多様性が増していることが明らかになった。上皮細胞の詳細を見てみると、club細胞、goblet細胞、basal細胞などに加え、2種類の1型肺胞上皮(AT1)細胞、3種類のciliated細胞など複数の細胞種も確認できた。その中で肺のホメオスタシスに重要である2型肺胞上皮(AT2)細胞に注目したところ、既知のAT2細胞と異なる遺伝子プロファイルを持つ新規AT2細胞を同定し、同細胞種はCOPD肺にて増加することを確認した。
このAT2細胞は、CXCL1、CXCL8などのケモカインを発現することを特徴とすることから、研究グループはinflammatory AT2(iAT2)細胞と命名した。免疫蛍光染色を用いて実際の肺組織での検証を行ったところ、CXCL1、CXCL8などのケモカインと共発現するAT2細胞を認め、iAT2の存在を確認した。また、Gene Expression Omnibus(GEO)に登録されている世界における複数の肺のシングルセルRNA-seqデータを統合・再構築し、同データ内においてもiAT2細胞が存在することを特定したという。
iAT2は既知の細胞と異なる細胞分化系譜、免疫細胞と強力に相互作用
Pseudotime analysis(疑似系譜解析)によってiAT2細胞出現の細胞分化系譜を予測したところ、組織幹細胞であるAT2細胞からAT1細胞へと分化する既知の細胞系譜と異なる系譜にあることが判明した。さらに、cell-cell interaction databaseより炎症性サイトカインやケモカインに関わるリガンド-レセプターペアを抽出し、その結びつきの強度をスコア化することで細胞種間相互作用の定量化を行った。iAT2細胞は上皮細胞の全細胞種の中で最も免疫細胞との細胞間相互作用を来し、特にCD8+T細胞や好中球とのコミュニケーションが多いことが判明した。
COPD病態の解明や治療への応用に期待
今回の研究成果により、炎症性シグナルを有し、免疫細胞と強力に細胞間相互作用を来す、既知の細胞系譜と異なる新規のAT2細胞集団(iAT2)が、世界で初めて同定された。これら炎症性の上皮細胞集団がCOPD病態における炎症持続のメカニズムを説明し、気腫や気道のリモデリングに寄与する可能性が考えられる。
「生体内における同細胞のさらなる役割の検証を進め、COPD病態の解明を図るとともに、ひいては治療へ応用も検討していく」と、研究グループは述べている。
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・東京慈恵会医科大学 プレスリリース