CAR-T細胞治療、固形がん治療の有効性を高めるためにCAR遺伝子をヒト化
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は9月6日、脳腫瘍などの固形がんに多く発現し、がんの予後不良と関連するPodoplanin(PDPN)を高発現するがんを効果的に傷害するヒト化したキメラ抗原受容体(CAR)の作製に成功したと発表した。この研究は、CiRA増殖分化機構研究部門の石川晃大大学院生(現研究員)、早稲田真澄研究員、金子新教授、東北大学大学院医学系研究科分子薬理学分野の加藤幸成教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Genes to Cells」に掲載されている。
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CARは抗原を特異的に認識する抗体部分(scFv)と細胞内へシグナルを伝達する部分(CD3ζおよび共刺激分子)をもつ受容体であり、CD19抗原を特異的に認識するCARを発現したT細胞(CAR-T細胞)はCD19陽性急性Bリンパ腫に対して優れた治療効果を発揮している。一方で、CAR-T細胞の患者体内での生存期間は短く、固形腫瘍においてはCAR-T細胞の治療効果が乏しいことが課題として挙げられる。CAR-T細胞による高い治療効果を得るためには患者体内で長期生存を達成する必要があり、その解決方策の一つにCAR遺伝子に含まれるマウスやラット由来遺伝子配列をヒト化することが挙げられる。
新しい治療標的であるPDPNを発現する細胞株を選定、作成したscFvとの結合能を確認
Podoplanin(PDPN)はムチン型糖タンパク質の一種であり、脳腫瘍や骨肉腫などさまざまな悪性腫瘍に高発現していることから新しい治療標的として有望と考えられている。これまで、PDPNを特異的に認識するラットモノクローナル抗体であるNZ-1抗体からCARが作製されており、NZ-1CARを発現したT細胞(NZ-1CAR-T細胞)はマウスモデルにおいて治療効果があることが報告されている。そこで研究グループは、治療効果の向上と将来の臨床応用を見据えて、NZ-1由来のPDPNを認識する相補性決定領域と乳がんの抗体医薬として使われているトラスツズマブ由来のフレームワーク領域から作製されたNZ-27scFvを用い、NZ-27CARを作製した。NZ-27CARを発現したT細胞(NZ-27CAR-T細胞)のマウスモデルにおける抗腫瘍効果をNZ-1CAR-T細胞と比較することでNZ-27CARの有用性について評価した。
まず、PDPN発現細胞株の選定を行うために抗PDPN抗体を用いてフローサイトメトリーで解析を行った。その結果、チャイニーズハムスター卵巣細胞株のCHO-K1細胞にヒトPDPN(hPDPN)を安定発現させたCHO/hPDPN細胞、ヒト膠芽腫細胞株であるLN319細胞、ヒト骨肉腫由来骨芽細胞株であるMG63細胞においてPDPNの発現が観察された。その後、それぞれの細胞株において、Fcタンパク質と融合して長寿命化したscFv(NZ-1scFvFc、NZ-27scFvFc)のPDPN発現細胞株への結合能を観察した結果、上述したすべてのPDPN発現細胞株においてその結合能が観察された。
ヒト化したNZ-27CARは、NZ-1CARよりもT細胞表面に発現し高い抗腫瘍効果を示す
次に、NZ-1scFv、NZ-27scFvを用いてNZ-1CAR、NZ-27CARを作製し、ヒト末梢血T細胞に遺伝子導入した。遺伝子導入後、PDPN発現細胞に対する細胞傷害活性能と炎症性サイトカイン産生能を評価した結果、NZ-1CAR-T細胞、NZ-27CAR-T細胞はPDPN発現細胞(CHO/hPDPN、LN319、MG-63)に対して特異的な細胞傷害活性能と炎症性サイトカインであるIFN-γ、IL-2、TNFの産生が確認された。
また、超免疫不全マウスにPDPN発現細胞株であるLN319細胞を皮下接種した7日目にNZ-1CAR-T細胞、NZ-27CAR-T細胞を投与した。その結果、NZ-27CAR-T細胞投与群はNZ-1CAR-T細胞投与群と比較して腫瘍の進行を抑えることがわかった。さらに腫瘍内に浸潤したT細胞を免疫染色で確認したところ、NZ-27CAR-T細胞を投与した腫瘍内にのみCD3陽性細胞(T細胞)が存在していることがわかった。
上述したNZ-27CAR-T細胞の抗腫瘍効果向上の原因を探るためNZ-1CAR遺伝子、NZ-27CAR遺伝子にMyc-Tagを挿入し、CAR遺伝子の細胞内の局在を解析した。その結果、総タンパク質量には差はなかったが、NZ-27CARはNZ-1CARと比較して細胞膜に多く発現していることがわかった。また、T細胞の活性化シグナルを評価したところ、NZ-27CAR発現細胞では抗原依存的に強力な活性化シグナルの誘導が確認された。これらの結果から、NZ-27CARは細胞表面に効率的に発現する事によりT細胞を強力に活性化して、高い抗腫瘍効果を誘導する事が示唆された。
ヒト化による翻訳後修飾が細胞膜上での発現量の差をもたらした可能性
今回の研究ではNZ-1CARおよびNZ-27CARの総タンパク質量に有意な差は観察されなかったのに対し、T細胞膜上のCARの発現量に有意な差が生じる結果となった。遺伝子が転写・翻訳された後、細胞内小器官でさまざまな翻訳後修飾が行われ、タンパク質の機能・局在・安定性が決定されることから、ヒト化による翻訳後修飾が細胞膜上での発現量の差をもたらしたのではないかと考察されるという。「この知見をより解析することによって新しいヒト化CAR創出が促進されること、iPS細胞から作製されたT細胞への応用、PDPN発現がん細胞に対する治療効果を向上させたNZ-27CARを用いた臨床応用などに貢献することが期待される」と、研究グループは述べている。
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